桂文治はマニラの野球選手(都新聞芸能逸話集)

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桂文治はマニラの野球選手

桂文治の色黒も有名なものだが、昨今、自分主将の落語チームを引つれ各処に転戦するので益々黒くなり、赤銅を渋紙で包んで紺甕の中へ放り込んだやうな色になつてしまつた、二三日前、中根岸の原ツぱで選手連を集めて練習してゐると、隣の原ッパで、小学生がキャッチボールしてゐる、落語チームの選手連から試合を申入れると五年生位のが文治を指さしながら「日本人ばつかりならいゝけど、そつちにはマニラの選手がゐるんだもの、いやだア」

1934年7月30日号

 八代目桂文治は、落語協会の会長を勤めるほどの重鎮であったが、いささか臭い芸風とケチな性分から遂に大名人になり損ねた人物である。

 ただ、今その話しぶりを聞いてみるとすごくうまいと感じたりする。演劇的な落語が増えた関係もあるのだろうか。

 そんな文治であるが、顔が色黒で長ぁい風貌だったところから、「インド人」「ナス」「写真の原板」(黒い板であった)と綽名された。

 そんな文治の風貌を見事に揶揄した一コマといえよう。

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