物語・義農の復讐

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物語・義農の復讐

 磐城国(福島県)白河山城村という村に、庄右衛門というそれは仕事熱心な百姓がいた。
 ある時、伊勢神宮への参拝を思い立った庄右衛門は、豊かとは言い難い生活の中で金をためて身支度を整えた。
 勇み立って国を出て、内陸経由で伊勢を目指した。
 やっとの思いでたどり着いた信州矢立坂(新野峠とも)。
この坂を登ってる最中、山賊が現れて庄右衛門を散々殴り倒した挙げ句、身ぐるみに金、さらには護身用に身に着けていた先祖伝来の長船長光まで盗まれてしまった。
 身ぐるみを剥がれて無一文になった庄右衛門は、情けない気分になって「このまま伊勢にも行かれない、帰ろう」とトボトボ坂を下ってくると、坂の麓で松の根方に一人の酔っ払いが寝ていた。
 一度は無視しようと思ったが、先程の山賊のことといい、日の暮れ方といい、万が一をあんじた庄右衛門は、
「もしもし、風邪引きますよ。このへんは山賊も出ます」
 と、男を起こそうとした。すると、男は何を考えたのか、突然暴れだし、庄右衛門に殴りかかった。
 庄右衛門は無我夢中で逃げ惑い、それでも襲いかかる男の胸をついた。すると、男はよろよろとよろめいたかと思うと、近くにあった石につまずいてそのまま即死をしてしまった。
庄右衛門は真っ青になるも、人気もなく、また自分も身ぐるみを剥がれた以上長居はできない、とそそくさと逃げ帰ってしまった。
 そして庄右衛門はこの事をひたむきに隠しながら、なんとか故郷にたどり着き、再び田畑を耕す生活を続けた。
 月日の経つのは早いもので、いつしか二十年の時が経っていた。
 庄右衛門も年を取ったが、心に残るのはあの転んで死んだ男のこと。再び金を工面した庄右衛門は、信州矢立坂へと向かう。
 矢立坂はすっかりひらけており、茶店も立っていた。庄右衛門は一服しながら、「昔この辺で変死はなかったか?」と茶店の親父に聞くがわからない。
 それでも、親父は「ここを少し行った所に池田新田という村があるが、そこの名主の友右衛門さんは古いこと知ってるだよ」と教えてくれた。
 池田新田の友右衛門宅を訪ねた庄右衛門は一部始終を話す。友右衛門は驚きながらも「それは確かにうちの村の弥五右衛門という男だ」という。
 友右衛門は、弥五右衛門の酒クセの悪さを上げて「それは悲しい事故だったとあきらめなさい」とそれとなく諭すが、正直者の庄右衛門は「どんな形であれ人を殺したのには変わりがないから先方に詫びねばならぬ」という。
 そして、庄右衛門は、弥五右衛門の息子、弥五郎の家を教えてもらう。
 弥五郎の家を訪ねた庄右衛門、二十年前の一部始終をすべて語って、
「親の敵だから俺を討ってくれ」
と正直に言う。父の死を知った弥五郎は怒って、引き出しの中から刀を取り出してスラリと抜いた。
「覚悟」
 と、庄右衛門に斬りかかろうとした瞬間、庄右衛門はどうもその刀に見覚えがあった。
「ちょっと待ってくれ。卑怯と思うか知らんが冥土の土産にその刀を見せてくれ」
 と、弥五郎に頼み込む。
 弥五郎は怒りを抑えてその刀を渡す。庄右衛門がその刀を見聞すると、果たしてそれは二十年前、盗賊に奪われた伝家の宝刀であった。
「どうしてこれを持っているのだ」
 と、弥五郎に聞くと、
「叔父の義八がくれたのだ」
 と答えた。
 これを知った庄右衛門は我に返り、
「お前の叔父は人を傷つけ、金品を奪い取っていた大罪人だ。これも二十年前に奪われた品。お前は盗品で私を殺そうとしたのか」
 と、弥五郎に詰め寄った。弥五郎は庄右衛門に追いかけられる羽目になる。
 すでに義八はこの世になく、また庄右衛門も事故とはいえ非があるところから仲裁が入り、弥五郎が庄右衛門に刀を返す事で一件落着となった。
 義八の極悪非道の行いが、巡り巡って判明するという『義農の復讐』。

『読売新聞』(1928年10月14日号)

 一龍齋貞山という講談師がやっていた話。原話はどこにあるのだろうか。

 善良な農民が、ふとした事故で人を殺めてしまい、わざと仇に討たれようとするが、その相手こそ自分が相手を殺してしまうきっかけとなった山賊の甥であったという因果応報譚である。

 大体仇討というと、勇み立って追いかける被害者側と、逃げ惑う加害者側に別れることが多いのだが、ここではそれが逆転している。

 庄右衛門は、事故といいながら仇となった事を苦しんでおり、相手は何も知らずに(盗品を持っている事さえも)気づかないという所に皮肉がある。

 最終的にすべてが判明する所に、これまでの敵討ちとは違う味があるような気がしてならない。これはこれで面白い気がする。

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