袴と”しの字”嫌いの武田麟太郎
武田麟太郎は着物が好きだったが、袴は嫌いだった。友人の藤沢恒夫が理由を尋ねると、
藤沢恒夫『武田流 大学時代の思ひ出』
「袴をはくようなやつにはおしまいに『シ』がつくやつが多い。この『シ』がつくやつにはロクなもんがおらんからな。ほれ。山師、代議士、講釈師、国士、弁士、弁護士……」
武田麟太郎は、プロレタリア文学からスタートし、後年、市井の情景や世界観を描いて人気を博した作家である。
『日本三文オペラ』『一の酉』などの緻密で、むせるような文体は、今日再評価されてもおかしくないだけの味わいを持っている。
緻密な文章とは裏腹に、人間としては中々豪快で、仲間たちから「武田はどうも壊れそうにない」などと噂されるほど、肝が据わっていたという。戦後まもなく、武田が肝硬変と酒の飲みすぎで急死した際には、「まさか」と驚く仲間も随分いたという。
そんな武田が若かりし頃に吐いた彼独自の哲学を垣間見るような逸話である。
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