水戸黄門が能面を壊せば夜叉王が作る(都新聞芸能逸話集)

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水戸黄門が能面を壊せば夜叉王が作る

明治座「黄門記」の大詰、鏡の間で光圀が秘蔵の面をこはす件りがあるが、一つづつこはしても毎日では大変だらうと云ふと藤浪の親方、ナー二補完は毎日東劇で夜叉王が拵へてくれてゐます

1936年6月21日号

 1936年6月の歌舞伎は、明治座では中村吉右衛門と尾上菊五郎の「黄門記」の大顔合わせ、東京劇場では二代目左團次の十八番「修禅寺物語」が行われていた。

「黄門記」は、その名の通り、水戸黄門を主題にした話である。全編を通すと凄まじく長い関係から、長らく黄門だけの逸話を中心に演じられてきた。

 水戸黄門が可愛がっていた家臣・藤井紋太夫はお家転覆の為に悪人たちと謀叛を起こそうとする。そのために魚屋久五郎は無実の罪で入牢し、一家は悲惨な目に遭う。しかし、謀叛の計画は全て水戸黄門に見破られていた。能舞台の鏡の間で、水戸黄門に悪事を突きつけられた紋太夫は、黄門に詫びながら腹を切る。紋太夫の切腹を見届けた黄門は「惜しい男だ」と嘆く。そして、介錯の方便を得るために、わざと「家宝の能面」を割り、「家宝の能面を割ったる紋太夫を成敗いたす」と叫んで、紋太夫の介錯をする――というもの。

 ここでは能面が重要な道具として使われ、能の装束や風俗が巧みに練り込まれている。当然、割られる能面は「きえもの」と呼ばれる小道具で、本物の能面ではない。

 一方、「修禅寺物語」は、能面職人・夜叉王一家と将軍・源頼家との奇縁を描いた岡本綺堂の傑作である。修禅寺に住む夜叉王は、頼家から能面を作るよう命じられるが「何度彫っても死相が出てうまくできない」と納期の延長を申し出る。短気な頼家は「それでもいいから寄こせ」と能面を持って行く。その夜、頼家は母親の密命を受けた家臣たちに殺され、命を落とす。頼家の死を聞いた夜叉王は「自分の能面づくりの腕は拙きにあらず、神をも恐れる腕だ」と一人悦に浸る――という芸術至上主義的な老人を描いた作品である。

 こちらは能面づくりが主題になっているため、「能面を割る」水戸黄門と「能面を作る」夜叉王がうまくかみ合ったという訳。

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