初対面なのに知り合いな鈴木三重吉と正宗白鳥

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初対面なのに知り合いな鈴木三重吉と正宗白鳥

 鈴木三重吉は、漱石一門系の「ロマン主義」的な作風の書き手であったが、自然主義派の面々とも仲が良く、交際をした。
 ある時、徳田秋声の家からの帰り道で、出たばかりの『早稲田文学』を買い、電車の中に乗り込んだ。
 同誌には、正宗白鳥の新作『泥人形』が掲載されていた。三重吉は、白鳥の達者な文章とシニカルな作風に共感を覚え、電車の中で一人にやにやと笑って満足していた。
 すると、これまで気が付かなかった――目の前で憮然と座っている麦わら帽子の男が、正宗白鳥に見えてきた。
「写真も顔も知らず、あった事もないのに」、麦わらの男が正宗白鳥だと思い込み、時折顔を見てはニヤニヤを繰り返し、京橋で降りた。
 一年ほど後、徳田秋声の家を訪ねると、正宗白鳥がいた。秋声の紹介で挨拶を済ませると、三重吉は、「実は一度お目にかかった事がある」と、それとなしにいうと、白鳥も白鳥で、「あなたが鈴木君なら見たことがある」という。
 三重吉は、先年の一部始終を話すと、正宗白鳥は笑い出し、
「書生とも何ともつかぬ人が、浴衣の変なナリでしきりにニヤニヤ笑っている。よく見ると、自分の『泥人形』を読んでいる。自分のものを読んで、ニヤニヤ笑っているのが気になって、時折その人の挙動をみていた。その後、読売新聞に行ったんだが、あの時の人は鈴木三重吉か」
 これには三重吉も驚くやらあきれるやら、二人顔を合わせていつまでも笑っていたという。

『鈴木三重吉全集第5巻』

 酒乱で潔癖な鈴木三重吉と、ニヒルチックで人間嫌いを公言する正宗白鳥。

 絶対に合わなさそうな二人であるが、意外に仲が良かったというのだから驚きである。

 もっとも、白鳥は売り出す前の夏目漱石と面識があり、家を訪ねたが留守で遂に昵懇の仲にならなかった――と回顧しているが、めぐり合わせ次第では、鈴木三重吉の兄弟子になっていた可能性もある。

 漱石門下で売り出した三重吉と漱石門下になり損ねた正宗白鳥の、不思議なめぐり逢い。

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