裏の裏をかかれた泉鏡花
泉鏡花は、森鴎外を私淑しており、作品にも敬意をもって接していた。
『泉鏡花全集』
ある時、『即興詩人』を読んでいると、「史。様か、左」なる変な記載が出てきた。鏡花は、「左様か」の間違いかと思ったが、「いや、一字一句大切にする鴎外先生の事、何かあるのだろう」と、わざと裏返しにした意味を悩み始めてしまった。
後日、総会で会った際に、「実は……」と胸の内をあけると、鴎外は「そうですか、そんなところがありますか」と軽くうなずいたかと思うと、「誤植、誤植」とあっけらかんに笑った。
さすがの鏡花も「自分が考えすぎた」と冷や汗をかく思いであったという。
泉鏡花も森鴎外も、字にはすさまじいこだわりを持つ人で、鏡花に関しては「特定の原稿用紙」「と特定の環境」ではないと作品が書けない、書きたくないという程のこだわりを持っていた。
誤字が出れば清め、指先でその辺に字を書く行為などはご法度であったのはいうまでもない。
当然、誤植や乱丁に関しても同じで、それらが出るとひどく不機嫌になったという。
そんな鏡花が、字への畏怖や森鴎外への絶対的な信頼をし過ぎた故に、逆に失敗するという「過ぎたるは猶及ばざるが如し」の一席。
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