物語・破れ太鼓

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破れ太鼓

 五十五万の五千石。紀州徳川家の重臣・三浦長門は一人娘・鞆江の事で頭を抱えていた。
 年のころなら二十八、家中一番の器量よしで頭もいい。誰を婿に取ろうか、悩むうちに一人の娘に八名の婿候補が出来た。
 そうして選ばれた花婿候補八人は、鞆江への憧れや他への嫉妬から顔さえ合わせれば喧嘩をおっぱじめる。そんな恋のもつれを目の当たりにした長門は娘可愛さからますます優柔不断になってしまい、決める手段をなくしてしまった。
 そこへおりしも起こるトラブル。曰く、若浪人八名が「荒鷲組」なる徒党を組んで無銭飲食に乱暴狼藉。剣と拳で物を言わせて、紀州の人々を震え上がらせているという。
 さらに、「和泉と紀州の間にある山口峠山口村和歌屋というお茶屋で無銭飲食の上に人を切って逃亡した」という速報が入る。これを聞いた長門は「この事件を解決出来たモノこそ真の武士だ、娘の婿にしてもいい」と、殿様に進言する。
 殿さまもこれを聞き入れて、「荒鷲組八人討ち取ったものに、長門の娘の婿とし、多大な褒美をやる」とお触れを出す。
 しかし、荒鷲組風情に大挙なすのは国の恥と考えた殿さまは「連れて行くのは少数精鋭、八名までにせよ」と命じる。
 これを聞いた花婿候補たちは我先にと言わんばかりに、仲間を集めて意気揚々と山口村へと向かったが誰一人として帰ってこなかった。
 予想以上に強い荒鷲組の腕っぷしを知った殿さまは、緊急で集合をかけ、上は老中から下は足軽までを城に並べさせた。
「荒鷲組を討ち取るものはおらんか」
 と声をかけるが、先日の返り討ちを知った一同は沈黙してしまう。これを目の当たりにした殿さまは「何と情けない! 誰もいかねばわしが直々に成敗してくれる!」と怒るが、折しもそこへ、
「ああいや、我が君しばらく」
 と声がかかった。その声は下座も下座、足軽たちが縮こまっている中から発せられた。
「苦しうない」と、殿さまに呼び出されて出てきたのは、冠音也という足軽組頭。年のころなら二十一。ノンキで身なりに全く気を使わない所から「破れ太鼓」というありがたくないあだ名がつけられていた。
 家中一同が「破れ太鼓がどうするつもりだ」とささやき合う中、音也は殿様の前に出て「その役目、何卒手前にお許しを」と願い出た。
 殿様は「音也とやら、供は七人までだぞ」と訝しむと、音也は笑って、
「恐れながら我が君に申し上げます。他人の力を借りずとも、手前から見れば荒鷲組など片腕にも足りない奴ばかり。手前一人で八名相手にするときは、未だ片腕が余っているかのように心得ます」
 と、大口を叩く。家中一同、身の程知らずの音也の態度に呆れ怒るが、殿様は真剣な顔で、
「もし荒鷲組を討ち取ったその時には何でも褒美をやろう」
 という。音也は、
「恐れながら、破れ太鼓の破れを治していただきたい」
 と自嘲する。それを聞いて殿様は感動し、
「天晴。手柄をすればそちに一千石の加増を取らすぞ」
 と約束する。
 音也は殿様愛蔵の黒鹿毛にまたがって、意気揚々と城を出た。
 そして、山口村に到着するやすぐさま庄屋の家に転がり込んで挨拶もそこそこに、
「俺は紀州藩からやって来た冠音也というものだが、荒鷲組を退治に来た。しかし、噂によると荒鷲組は夜になると山に逃げ込んで、暗闇の中からだまし討ちをするのが得意なようだ。そこで頼みがある。夜の鐘が鳴るのを合図に、村中のモノを集めて、一人一本ずつたいまつに火をつけて持たせてくれ」
 と、たいまつ料を庄屋に渡して「絶対にやってくれ」と頼みこむ。
 そして武装をして、山の中に入り込む。すでに日の暮れ方、荒鷲組八人は今日も強奪したものを酒肴にして酒盛りをしていた。
 そんな物騒な中に、音也は何食わぬ顔をして入り込もうとする。当然見とがめられ、
「貴様は何奴だ」
 と怒鳴られるのを物ともせず、「俺は紀州藩剣術指南役で五百石、冠音也という男だ」とほらを吹く。
 腹の底が知れぬ男を前に荒鷲組はたじたじとなる。音也は酒を取り出すと、
「お近づきに一杯やろう、勝てば祝いの酒だが、負ければそれは末期の水じゃ」
 などと縁起の悪い事を言う。旗色が悪いと見た荒鷲組、いつものように闇の中に逃げ込もうとするが、折しも鳴り響く夜の鐘。
 それと同時に、村一円に煌々とたいまつの火がともり、まるで大きな月が出たような明るさになった。
 計画が成功した音也は鞘を払い、次から次へと荒鷲組を切り倒していく。

 一方、紀州藩では「破れ太鼓はあれだけ偉そうな事を言ったが到底無理だろう。また失敗したら殿様が怒るに違いない。何よりも国の一大事。我々も加勢してやろう」と五十六人の若武者が、馬や武具を準備して出立しようと門を開くや、帰ってきたのが冠音也。
 黒鹿毛を無傷で帰し、馬の右と左の平首には、荒鷲組の首がぶら下げてあった。
 あっと驚く家臣たちを前に、音也は帰還の報告を行い、殿の面前で荒鷲組の首を並べて見せた。
 たった一人で国を悩ます暴漢を仕留めた音也を目の当たりにした殿さまは、「天晴天晴、約束通り、破れ太鼓の破れを直してやろう」と、一千石の知行を与え、更には三浦長門の娘もめとらせた。
 その破れ太鼓の武勇は、紀州一国のみならず津々浦々に至るまで響き渡る事となった――『破れ太鼓』の一席

『読売新聞』(1936年12月28日号)

 京山一門が演じる浪曲作品。今も二代目京山幸枝若を中心に一門で演じられる。明瞭で勧善懲悪のいい話である。

 戦後の喜劇映画に『破れ太鼓』というタイトルの映画があるが、内容は別物である。

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