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マラソン結婚
さる資産家の旦那、来年還暦を迎え、何不自由なく暮らしていたが唯一の心配が可愛い三人の娘のことである。
三人の娘もいい年頃、そろそろ嫁がせたいと思うが何しろいい相手がなかなか見つからない。
「健康こそが資本である」
と考えた旦那、普通に選ぶのも面白くないと見えて、
「近日、マラソン競争を行う。一等二等三等に入ったものには娘を嫁がせよう」
と言う条件を出し、さらに、
「一等には一万円、二等には七千円、三等には五千円の結納金もつけよう」
という大盤振る舞いまでつけた。
これを出入りの仕事師が街中に宣伝して、青年たちを集めた。
さて、当日になると夢を見る青年たちが我も我もと集った。
その中には街の嫌われもの、般若の亀さんというゴロツキがいた。亀さんは結納金目当てに三等までには入りたいと考え、ひそかにさる医学博士のもとに直訴をして、
「マラソンに勝ちたい」
とごねる。医学博士は自身の論文「腹膜エネルギー式の開発」を実践するためにこの願いを受け入れ、さっそく亀さんにこのエネルギーの治療を施す。
薬は、撲殺直後の野犬の甲状軟骨と迷走神経の線を処理して得られた血清だといい、乗れをへそから腹の皮をほぐして、下っ腹に三十グラムほど注射をする。
そうすると心臓が強くなっていくら走っても息が続くという仕組みだと説明する。
これを打ってもらった亀さんは意気揚々とマラソン大会に出場する。
当日の大晦日、スタートラインに立ってスタートする。
なんせバテない力をもらった亀さんのこと、スイスイと人を抜いていき、第一関門から第九関門まで独走を続け、あわやゴールという直前で鳥居に激突し、そのまま目を回してしまった。
そのスキに、洋服屋の松さん、在籍軍人の竹さん、魚屋の梅さんの順でゴールをしてしまう。
マラソンが終わって、目を覚ました亀は己がレースに負けた上に結婚がすでに行われていることを知る。
それを聞いた亀さんは血相を変えて結婚式に殴り込もうとするので、出入りの仕事師がこれは大変だと制止をしようとする。
「てめえはマラソンに負けた腹いせに花嫁になにか因縁でもつけにきたのか」
と咎められると亀さん、
「いや、俺は名誉の三選手にあって祝辞を述べに来たんだ」
と素直に告げると、仕事師は噴き出して、
「ははは、柄にもねえことをいうな。腹がよらせやがらあ」
これを聞いた亀さんギクリと冷や汗を流し、「しまった、注射の一件までバレていた」
『読売新聞』1933年5月6日号
林家三平の父、七代目林家正蔵が演じた新作落語。如何にもナンセンスを得意とした正蔵らしいネタである。
マラソンをして花婿を決めるというのは古いネタにもあるが、それを参考にしたのだろうか。
しかし、マラソンを走るためにドーピングを施したり、「迷走神経を取り出した血清」などという概念が出てくるところが実にハイカラである。
今日の目で見れば、トンチンカンな療法というより他はないが、当時は今以上に医学が謎に包まれてた時代。落語家がそれらしく「注射を腹膜に打ち込んで、この血清を接種する事で……」なんていうだけで、お客は感心した事だろう。
ドーピング問題が騒がれる今、この治療の部分をもっともっとナンセンスにしてみせれば、意外に演じられるネタかも知れない。子孫筋の二代目三平あたりにやってもらいたい感じであるよ。
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