落語・せんべい

[random_button label=”他の「ハナシ」を探す” size=”l” color=”indigo”]

せんべい

 ある家に住む太郎君。宿題が嫌いで母親が言い聞かせてもやろうとはしない。
 今日も今日とてランドセルを放り投げて遊びに出掛けようとするので、「宿題をやりなさい」と怒る。
 太郎がテキストを広げるも「おかあちゃん、これがわからない」と問題文を指す。
「三人の子供におせんべいを五枚ずつ分けようとしたら、三枚足りなかった。せんべいは何枚あるでしょう」
 しかし、太郎の母親は太郎以上に無学なために返答に困ってしまう。「お父ちゃんが帰ってきたら相談して答えてあげる」と逃げる。太郎は母親のウヤムヤな態度に呆れて「おかあちゃんは本当はわからないんだろ」などと煽る始末である。
 そこへ太郎の父親が帰ってくる。父親は気楽に「今度の芝居で番町皿屋敷が出ているから見に行くか」などというが、家の中では母と太郎が喧嘩の最中。
「お父ちゃん、この問題解いておくれよ」
 しかし、太郎の父親も無学なためにまるでわからない。
「わかんないからお母ちゃんに教えてと言ったら、お父ちゃんが帰るまで待てって言われた」
「そんなら早く教えてやりな」
「それがね、お前さん、私の一存じゃ計らいかねるから、お前さんに相談しようと思ったんだよ」
「学校の宿題を、いちいち俺に相談する必要もないよ。さっさと教えな」
「そうはいかないよお。お前さんは何枚だと思う?」
「そういうお前はどう思っているんだ」
「こういう時は夫を立てるものでしょう」
「都合のいい時に夫を立てるな、お前が先に言え」
 今度は宿題の回答を巡って夫婦喧嘩が始まってしまった。太郎が仲裁を入れて問題に取り組み直すが、三人は頭を抱えるばかり。
「大体、この問題はおかしい。せんべいを五枚もやる必要もないだろう。今日、せんべいも高いんだから二枚ずつにしてくれりゃええんだ。お前は一人っ子だからいいなあ。こうして喧嘩する事もなく、みんなもらえるからな」
「やだなあ、宿題の問題だよ。早く教えておくれよ」
「大体、この問題は俺達には難しすぎる。親の出来ねえような問題を出すとは、一体全体どういう了見だ」
 お父ちゃんは怒り出し、宿題をひったくって学校まで飛んで行った。
「やい、先生はいるか。先生は」
 太郎の担任を見つけて直談判に入る。
「わたしゃ子供に偉い恥をかかされました。親のあっしができないような難しい問題を出しては困りますよ」
 先生はお父ちゃんの談判内容に呆れるが、「わからないなら今お教えしましょう。それをお子さんに教えてあげたらどうでしょう」と、名刺を取り出して、『三人が五枚ずつもらうには、十五枚必要だが、それが三枚足りない。十五枚の内から三枚を引いてあげれば十二枚。答えは十二枚』と懇切丁寧に教えてくれた。
 お父ちゃんは「やっぱりそうでしたか。いやあ、こんな簡単だとは。先生、こんな簡単な問題ばかり出されては困りますよ。次からは難しい問題出してください」とあべこべの事を言って家に戻る。
「よし、家に帰って実演しよう」とせんべい屋に寄ったお父ちゃん、間違えて「せんべい12枚おくれ」と言ってしまう。
 家に帰って「問題の答えがわかった。余りにも簡単すぎてお父ちゃんには張り合いがないくらいだ」と意気揚々とせんべいをならべ、「これを使って教えてやろう」と意気込む。
 しかし、15枚無いのだから答えが合うはずもない。
「ここにせんべいが……ない。太郎つまみ食いしたか?」
「いやだなあ、食べてないよ。」
「お前は?」
「お前さん、嫌だね。私は食べたりするものですか」
「足りないとなれば仕方ない。四枚ずつで我慢してもらおう。これを四枚ずつ三か所に分けます……これだとすべて分けられるな。数えてみろ」
「十二枚あるよ」
「数えたらこっちに貸しな。せんべいは十二枚ある。しかしこれでは答えにならない。十二枚あればキチンと分けられるはずですが、この問題では三枚足りなかった」
「なんか変だね?」
「うるさいな。黙って聞いてろ。そこで十二枚の内から三枚とるとこれの答えが出る。とった三枚は食べてしまう。うんこれはうまいせんべいだ。よし、数を数えてみろ。何枚だ?」
「九枚だよ」
「おかしいな。そんなはずはない。お父ちゃんに貸してみろ。一、二……九枚しかないな。おかしいな。もう一度……やっぱ九枚しかない。いちまーい、にまーい……九マーイ……とほほ」
「お前さん、でもこれがおせんべいでよかったね」
「どうして」

「だってさ、これがもしお皿だったら化けてでなけりゃならないもの」

『新作落語傑作選集・上』

 柳家金語楼の自作自演の新作。戦後、久方ぶりにラジオの演芸番組に出た際に、完全新作として演じたものであるという。

 数が合わずに登場人物が目を回すという話は古くから存在する。そうしたペーソスを上手く重ね合わせて生み出した新作と言えるだろう。

 最後のせんべいの計算でハナから計算が違う下りなどは、落語の手法「付け焼刃」をうまく利用している。付け焼刃の知識で自慢しようにも大失敗するというパターンである。

 流石にこれだけ簡単な問題を間違う親は今日では見られなくなったが、寺子屋あたりに時代を持ち込んでやれば、ウケるかもしれない。

 オチはお菊さんで有名な「番町皿屋敷」をかけたもの。腰元お菊は横恋慕する青山播磨の陰謀で家宝の皿を一枚なくし、その咎で青山播磨になぶり殺しにされる。それを恨みにしたお菊は亡霊になってもなお「一枚、二枚……」と皿を数え続ける――という伝説である。

 しかし、構成はよくできているのにオチが弱い。いささか無理につなげた感がある。オチさえうまくまとめられれば、今日も通用する傑作になるだろう。

[random_button label=”他の「ハナシ」を探す” size=”l” color=”lime”]

コメント

タイトルとURLをコピーしました