落語・空き巣の電話

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空き巣の電話

 家の留守に忍び込んで金品を盗んでいくのは空き巣である。
 ある家に空き巣が忍び込んだ。中流会社の部長クラスの家と見た空き巣はあたりを見まわしながら、早速仕事にとりかかろうとする。
 金品の詮議をはじめた刹那、家の電話が鳴る。何を思ったのか空き巣はこれに出てしまう。
「ああ、もしもし」
「どうもすみません。家内がおりましたらちょっと電話口までお願いしたいんですが」
「いませんよ」
「娘でも結構です」
「いませんよ」
「誰もいないんですか?」
「誰もいないから入ったんですがね」
「誰もいないから入った……? ああ、わかりました。坂本さんですね。この間、斎藤先生のとこへ伺った時にお願いしといたんですがね。なにしろうちの家内がすっかり空き巣ノイローゼになってしまって買い物もできない。斎藤先生に相談したら、うちに坂本という若いのがいるからこれを留守番にやりましょうってんで……」
 電話の相手は空き巣を留守番役と早合点して一方的に話しかけてくる。
「今日はお昼で会社から帰ると云っといたんですが、会議がすっかり長引いて夕方までかかりそうなので、ちょいと電話した、とまぁそんなわけです。家内もすぐ帰ると思いますから、一つ留守番の方をよろしくお願いします。電話代のわきのサイドボードにウイスキーが入っております。よろしければそれをやりながら留守番してください。ではごめん下さい」
「なんだい、自分で言いたい事だけ言って切っちゃった。呆れたものだ。しかし、今なんか言ったな。サイドボードにウイスキー?」
 空き巣はウイスキーを探し出すと早速一杯やり始める。いい気分になって「そろそろお暇するか」と出ていこうとするとまた電話が鳴る。
「もしもし……」
「あなた、あなたどうもすみません。でかけるつもりはなかったんですの。でも木村さんの奥さんがお見えになって、婦人会の集まりに誘われたの。私も婦人会の幹事でしょう。断るわけにもいかないでしょ、警察の防犯講習会だっていうの。そうしたら道子が帰って来て、『一緒に行きたい』っていうの。留守番していなさい、って言ったんだけど、どうしてもついて行くっていうの。後で考えたら、道子はその講習会のあるデパートで帽子を買ってほしかったみたいなの。3000円って値札が付いていたから会計に持って行ったら、13000円ってあったの。財布の中には8000円しかなくて買えないの、へそくりじゃないんだけど、仏壇があるでしょ。その中にノリの缶があるのよ、その中に1万円札が5枚入っているのよ。悪いけどその中から1枚持ってきてくれない?」
 空き巣は呆れて「私は主人じゃありません」というと、「どなた?」と返答された。まさか「空き巣」というわけにもいかず、「あ、あの坂本です」とごまかした。
 奥さんは「ああ、坂本さん。留守番に来て下さったのね」と一人で早合点をし、「私、最近ノイローゼで……」とまた一人で話し始める。
 空き巣は「実は先ほどご主人から電話があって、会議が長引くとのことで……」と言付けを伝えると、「そんな事と思いましたわ。わかりました。坂本さん、申し訳ないけど先ほどのお金のことは黙っておいてくださいね」とまた一方的に切ってしまった。
 空き巣はウイスキーを飲みながら、仏壇を探ると果たして5万円入っていた。喜んで札を数えている内に気が大きくなってくる。
 すると台所の方から視線を感じる。「この野郎、泥棒に入るつもりか」と、台所の影につかみかかると、それは先ほど電話をかけて来たご主人であった。
「あんた、御主人か」
「ああ、坂本さんですか。いやあ、力がお強いですねえ。こんなに立派な人に来ていただけるとは有り難い。しかも風呂敷包みまで持って参上していただいて……あれ、これはどっかで見たような襦袢ですな、まるで家内の襦袢のようだ」
 すると空き巣は開き直り、「私は坂本じゃなくて、この家に入った泥棒だ」と啖呵を切る。
 唖然とする主人に、「泥棒と言ってもまだ盗んじゃいねえ。ウイスキーだって電話がかかって来たから飲んだ。この金もまだ懐に入れただけ。嘘つきは泥棒の始まりというのも変だが、工場が潰れて、背に腹は代えられないから泥棒に入ったのだ。こうなったら泥棒に違いねえ。警察でもどこでも出してもらおうじゃありませんか」
 それを聞いた主人は「なにをおっしゃる。あなたは善人だ。会社がつぶれて失業……それはあなたが悪いんじゃない、社会が悪いんじゃありませんか。こんな立派な人がいるなら、次の職場が見つかるまで、留守番役として私の家に来ませんか?」
「じゃあ、あなたは私のやったことを咎めずに……」
 すると電話がかかってくる。
「どうせ家内でしょう。アイツの電話はロクな事がないから、貴方が出て下さい」
「へい、もしもし」
「坂本さん? 主人が帰ってきましたら、どうか電話口までお願いしたいのですが」
「奥さんがご主人にって」
「まだ帰ってないといってください」
「もしもし、主人はまだ帰ってないと仰ってますが」
「じゃあ、いるんじゃありませんか。いやですわ。急用ですから代わっていただけませんか」
「あのう、あなたにどうしてもって」
「うまく断って下さいよ」
「もしもし、御主人はどうしても出られないんです」
「まあ、どうして」

「ただいま、私とお話し中でございます」

 演芸作家・大野桂のデビュー作である。大野は2代目三遊亭円歌の為にこれを執筆し、台本コンクールで賞を射止め、作家としてデビューをした。

「呼び出し電話」を得意とした三遊亭円歌は明るい口調と、独特の電話の応対で人気を集め、この作品も自家薬籠中の物にした。社長の電話、呼び出し電話、この空き巣の電話で「電話三部作」ともいわれる事がある。

 円歌亡き後は、円歌の預かり弟子だった三笑亭笑三が受け継ぎ、時折寄席や落語会で演じていた。留守番役というのが少し時代錯誤であるものの、一時代を築いた演芸作家の処女作だけあって流石に面白く仕上がっている。

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