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愛国バス
ガソリン一滴、血の一滴と呼ばれた戦時中。物資も生活も流通もすべて軍事に回され、軍隊至上主義の形が完成された。
出征する兵隊は尊敬され、兵隊は割引や特別サービスが行われるなど、徹底的に軍隊への協力が求められた時代のお話しである。
戦争の悪化で物資統制が行われ、ガソリンもなかなか手に入らなくなったこの頃、バスやタクシーは軍人や兵隊の為に使われていた。
あるバス会社では「ガソリン統制下において庶民が下駄の代わりにバスを使うのはけしからん。兵隊さんのために使ってもらわねばならない」と、兵隊さんのみ1銭で乗れるようにして、「ほかの乗客は職業を聞いて、それで運賃を決めろ」とルールが決まった。
これで大変なのは車掌さんである。兵隊さんはいいが、肉屋は二九だから18銭、ドクターは医師だから4銭、産婆さんは20銭、産後の婦人は15銭、代議士は苦戦当選で19銭などとダジャレのような運賃が徴収されていた。
職工の熊さん、64銭も運賃を取られて驚くが「これも国の為だ」とバスの中に乗り込むと、自宅の大家の御隠居が座っていた。
御隠居は非常時における国民生活の心得を論じ、兵隊さんへの奉仕を喋り始め、長話になる。
そこへ兵隊さんが乗り込んできた。熊さんは席を立つと、「兵隊さん、お国のためにご苦労様です。こちらにおかけなさい」
兵隊さんは首を振り、「ありがとう、かけんでもよろしいのであります」
そこへ車掌がやって来て「ただ今お乗りになった兵隊さん、切符をお切りします」
「ハッ、いくらでありますか」
「1銭です」
「大変安いでありますな」
「はい兵隊さんは国防の第一線の方ですから、1銭でよろしいのです」
御隠居はこれを聞いて感心し、「なるほどこの一戦にありだから、1銭か。車掌さんも国防の第一線と申された。兵隊さんの1銭はよろしいねえ」。
「もし、兵隊さん。遠慮しないでお掛けなさい。立っていては気の毒だ」
熊さんが再三座るように案内すると、兵隊は敬礼して、「ハッ、いいんであります。自分は帝国の軍人として常に第一線に立つ身であります!」
『読売新聞』(1939年1月17日号)
1939年、太平洋戦争の直前に演じられた純然たる国策落語である。JOBKが落語台本を募集したところ、池田修二という人の台本が当選。これを三遊亭小圓馬(四代目円馬)が演じた。
国策落語に乗じたように、兵隊を重んじ、銃後の心構えをこれでもかと演じている。小圓馬は当時新作を得意としたというが、こんな愚劣な話をどう演じたのか気になるところである。
作者の池田修二は、1890年の生まれで本名・伊藤春彦。早稲田大学中退後、有楽座に勤務をして文芸部に所属していた。さらに、新文芸協会、舞台協会など職場を転々とし、戦時中は児童文学を書いていたという。
今では絶対にやれない噺である。もっとも内容もそこまで面白いものではない。廃れて当然であろう。
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