落語・幽霊車

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幽霊車

 時は明治時代。日の暮れ方、九段下の爼橋で二人連れが人力車に乗ろうとする。
 止まった車夫は、顔が青く鼻がツンッと立った不気味な男で、赤ん坊をあやしながら車を引いていた。
 二人連れは、道中にある「富士本」なる氷屋で氷水を飲みながら、車夫に「どうして赤ん坊を抱いているんだ」と聞き始める。
 わけをきくと、車夫には女房がいたが、先々月赤ん坊を残して死んでしまった。臨終の間際、「子供がいるのでは死ぬにも死にきれない」と夫に泣きつく。夫が「後添えは持たず、立派に育てる」というと、女房は安心して死んでしまった。
 その夜、亡骸のそばに子供を置いておくと、子供は母の乳房をたどって乳を吸い始めた。
 次の日、子供が腹を空かせて泣き始める。粉ミルクを買うにも金がなく、男手一人ではどうしようもできず困り果てていると、男の枕元に女房の幽霊が現れる。
 女房曰く「子供がないたら、私の着替えの単衣を、上へかけてやってください。そうすると泣き止みます」と言って消える。試しに浴衣を子供にかけると、子供は乳を吸う仕草をはじめて寝てしまった。
 さらに、男はニワカの病で二十日ばかり寝込んでしまい、金も質草も尽きたため、病身を引きずって稼業に出た。苦しい山坂にかかると急に楽になる。よく見ると、なき女房が後押しをしてくれるのだという。
 近所の人がうわさをして「あれは幽霊車だ」といい始めた。
 車夫はそんな気味の悪いことばかりいうので、二人連れは肝をつぶし、「五十銭やるから、女房に線香でも立てておあげ」と言って氷屋から逃げ出した。
 ぞっとして五十銭/やって「もう車はいいよ」と二人で逃げ出した。
 しばらくして二人連れは「怖かった」「驚いた」とあきれながら、顔を見合わせた。
「あの車屋は余程貧乏だと見える……車も布団もボロボロだ……しかし、幽霊がつきまとってるてえのはおどろいた。幽霊車だといいやがる」
「そうよ、幽霊かもしれねえや」
「ナゼ」

「道理でおあしがなかった」

『落語十八番』

 三遊亭円朝門下の「三遊亭圓左」が演じた噺。明治時代らしく、人力車や「幽霊は神経の問題」などというワードが飛び出してくる。

 元々は『百花園』で演じられたものである。

 今では古めかしい点もいくつかあるが、一応筋も通っていて、悪くはない出来である。

 残された速記を見ると、三遊亭圓左はこの噺に入る枕として、「悋気の火の玉」を演じている。

 本題が演じられなくなり、枕が今なお語られるとはちょっとした皮肉であろう。

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