落語・酒屋倉の怪

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酒屋倉の怪

 所変われど品わからず、浪速の葦も伊勢の浜萩、というけれど、物の名前というものは結構変わるもので、関東では「七輪」を関西では「カンテキ」、お酒の「柳陰」(日本酒を上味醂で割ったもの)を関西では「直し」という。
 ある酒問屋に奉公している丁稚定吉は大層な怖がり。
 ある時、番頭に「三番蔵にお化けが出る」と泣き言をいう。
 番頭は呆れて、
「三番蔵が怖い? あんなもの怖いことあらへん。あれが怖いようなら酒屋へ奉公でけん。あれは酒の精霊や。何にでも精霊はある。桜の精霊が墨染、雪の精霊が雪女郎手な具合でな、何も怖いもんやあらへん」
 という。さらに、
「今夜一つその酒の精を見てこよう」
 などという始末。番頭の話に気が大きくなった定吉、
「怖いことおまへんか。そんなら直ぐに行きましょ」
 と軽口を叩く始末。番頭は急ぐ定吉を制して、
「まだ早い、夜遅うなってから連れて行ったる。それまではよう寝とくんやぞ」
 夜中になって、家中のものが寝静まったのを幸いに番頭は定吉を連れ出して三番蔵へと忍び込む。
 戸を開けると中は真っ暗。二人は息を殺して中に進んでいくと、正面から樽が落ちてきて、それと同時にどこから音が聞こえ始めた。
「おや鶴亀や。気の利いた精霊様やな」
 番頭はその音の正体が長唄三味線だと知り、感心して聞きはじめる。
 すると、また違うところから幽霊が出てくる。
 改めて見ると兵隊の練兵たち。その兵隊たちがやってきたかと思うと、今度は桂小五郎が現れてチャンバラの響きも凄まじい大立ち回り。
 皆、酒の名にちなんだ幽霊たちが現れては消えていくのであった。
 楽器たちが現れて利久節の演奏、相撲取りの四股と櫓太鼓、賑やかな合奏ーーと音楽づくしが繰り広げられ、二人は怖さを忘れて喜んでいる始末。
 すると、隅の方から不気味な気配と共に一条の火の玉がスゥーと燃えて、ボサボサ髪の幽霊がドロドロと姿を表した。
「あっ、幽霊や」
 定吉は驚きのあまりに肝をつぶし、
「ば、番頭さん。おばけの酒なんかありまっか」
 と泣き言を言う。不思議に思った番頭、幽霊を物ともせず、蔵の中をずんずん歩き、火の玉が出てきたと思しき所まで近づいた。
 恐る恐る蓋を取って、中の酒を舐めると番頭ニヤリと笑って、

「ああ、なるほど。柳陰やで。幽霊が出るはずや。」

『読売新聞』(1929年5月31日号)

 桂小文治がやった音曲噺。構造的には『質屋蔵』とほぼ同義であるが、ここでは酒屋蔵ということになっている。

 お囃子を入れて随分派手にやったようであるが、この中に桂小五郎の活動や練兵といった近代的な概念が出てくるのが、小文治らしいというか、なんというか。

 オチが遠回しないいかたになっているが、「柳の陰に幽霊が出る」「柳ゆうれい」の洒落である。一種の取り合わせというべきか。

 質屋蔵が優れているだけに損をしている噺であるが、柳陰の噺を枕に振れば、オチも通じるだろうし、酒尽くしで演じられそうな気がする。

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