落語・拳闘幇間

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拳闘幇間

 ボクシング(拳闘)にハマり込んだ若旦那、なじみのお茶屋にやってきて、「たいこもちの一八を呼んでくれ」という。
 若旦那のご指名を受けたお調子者の一八、ニコニコとお座敷にやって来て、軽口をたたく。
 若旦那は上機嫌で、
「今日はお前と一緒に論じてみようと思ってな」
 という。一八、相変わらずの愛嬌で、
「経済問題ですか?」
「お前と経済問題を論じてどうする。そうじゃない。最近、私が大変興味を持っている趣味があるんだがわかるかい。当てたら懸賞をやろう」
「野球ですか? どっかの大学と試合をなさるんで。応援に行って差し上げましょう。外野の先に立って、フレーフレー!ワカダンナー!」
「よせよ。そんなバカな応援があるか。野球ではない」
「じゃあ、長唄ですか? 三味線を持って、今日は若旦那が聞かせてやる、静粛に拝聴せよ、ちんとんしゃん~♪」
「うるせえな、長唄でもないよ」
「ダンスでしょう! あなたが洋装夫人にでも変装してダンスをやろうって趣向で、タッタカタラランランラランースタタタタラッタタタ~とかなんとかスタイルは、モダンガールの趣向で行こうってんでしょう?」
「うるせえ奴だ。違うよ」
「じゃあなんです?」
「ボクシングだ。」
「え、ボクシングです? そりゃ見当(拳闘)がつかなかった」
「洒落を言うなよ。そうしてな、僕は盛んにボクシングの練習をして居るんだが、この練習が砂袋をぶん殴るばかりで面白くない。たまには人をぶん殴って、目ん玉飛び出るようなことがしたいなア……と思っていた所に、お前の存在を思い出したんだ。どうだ、一八、ちょいとボクシングの相手になってくれ」
 若旦那の気まぐれとパンチを見た一八はたちまち青くなり、「やめましょうよ、そんなバカなことは」と逃げようとするが、若旦那もさるもので、
「少し相手してくれるだけでいい。どうだ。タダとはいわないよ。お前、前に洋服が欲しいといっていたな。アレをあつらえてやろう。それにな、祝儀に五十円やろう。やってくれるか?」
 金と洋服につられた一八、先程の弱腰はどことやら「やりましょう。後で実は嘘とは言わねえでくださいよ」と、若旦那に従う。
 グローブをはめて、一張羅になった二人。若旦那は、お座敷をリングと見立てて、「これがストレートだ」「これがアッパーカットだ」などとルールを言いながら一八を殴る。
 初めは痛がっていた一八であるが、じきに馴れてきて、「こりゃ面白い」と負けじと若旦那を殴り始める。
 一八がいい動きをするので、熱が入った若旦那、一八の腹に強烈なアッパーカットを加えた。これには一八のお腹も驚き、皮がはちきれてしまった。一八は血を吐いてその場に倒れ込んでしまった。
 ノビた一八を見て真っ青になった若旦那、薄情なものですたこらと逃げ出してしまった。
 そこへ女将がやって来て、目を回している一八を見つける。
「どうしたんだよ、一八さん、こりゃ一八さん。いやだよ、惨憺たる醜態だね、お腹から血を出して、どうしたんだね」
「どうしたもこうしたもないよ。若旦那に拳闘をやらせておいてこの始末だ」
「そこがお前がたいこもちだ。どうだ、いくらかになったか」

「なあに、皮が破れて鳴りゃしません」

『落語レコード八十年史』参照

 戦後、鬼の馬風として珍妙な改作や愛嬌とコワモテの漫談で売り出した鈴々舎馬風が演じたもの。

 この馬風は変な改作を行うのが好きで、「蔵前駕籠」を「蔵前トラック」、「ウナギ屋」を「オロチ屋」に改変した。

「蔵前トラック」などは、追いはぎを「GHQの進駐軍キャンプに出入りする輸送トラックを狙うギャングの一団」などと凄まじい。これだけで笑ってしまう。

 この上のそれも、古典落語の傑作「幇間腹」を改作したもの。昭和初期に大流行した「ボクシング」を取り入れたのがおかしい。

 これを今やろうというわけにはいかないが、馬風のバカバカしさ、改作の味わいがあって、これはこれで貴重な資料である。

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