落語・凱旋

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凱旋

 子を思う親の心は変わりがないものである。
 戦争に行った息子の凱旋を知ったある夫婦。凱旋の日をまだかまだかと首を長くして待っている。
 当日。親父さんは朝からソワソワとしており、
「おい、羽織は出しておくれ。なにしろ今日は善坊の凱旋というこの上ないめでたい日だ」
 と、落ち着くことはない。妻も、
「まあアナタ、汽車が着くまでに三時間以上あるじゃございませんか」
 と言いながら、ソワソワしている。
「三時間だって四時間だって、わしは嬉しくて居ても立っても居られない……おや、誰かお見えになった。軍人さんだ。立派なお方だぞ……いらっしゃいませ。どなた様ですか。戦地では倅がお世話になりまして……」
「あらやだ、あなたなんですよ。どなたと思えば善之助ですよ」
「おや、すっかりおみそれ致しました」
 玄関に立っていたのは自分たちのせがれ。その立派な凱旋に面食らう夫婦であるが、やがて我に返るとその見事な成長ぶりに感激する。
「お父さん、ただいま帰りました。軍隊の方で万事案外早くことが運びまして、午後解散のはずが、午前に繰り上げとなったので……」
「おお、そうかそうか、まあ立派になったなあ」
「広島で軍曹になって戦地で分隊長になり、決死隊に応募いたしましたが、お陰様でこのとおり、無事な体で戻り、金鵄勲章まで頂戴いたしました。」
「そうだったのか。お前が決死隊へ入ったとお店へ手紙をよこしたので、お店じゃ我々に朝夕親身に及ばぬお世話をしてくだすった。早速お礼に行っておいで。」
「ねえあなた。羽織袴で改まるよりかえって汚れていても軍服のほうがいいでしょう」
「それもそうだな。善之助、お前がこれほど立派になったのもお母さんのおかげだよ。今日も今日とてお母さんが朝早くから起きてどれだけお前を待ちわびていたか……」
「いいえ、善之助。これも皆お父さんのおかげだよ。お前が出征してからというもの、夜もなかなかお休みにならないし、リンリン号外屋が通ると十枚も号外を買い込んで、それはもうお前の身の上ばかりを案じてねえ」
 一家は喜びと感激のあまりそれぞれ涙を流す。
「何を涙なんぞ流すんだい。それよりも早く、お前に身代を譲って嫁をもらって初孫の顔がみたいものだ」
「まあ、あなた気が早い」
「早いことがあるものか。生まれたら、俺が抱いて歩いて、決死隊の子でございます、バンザイの子でございますと街中歩いて回るよ」

 かくばかり偽り多き世の中にこの可愛さはまことなりけり

『凱旋』の一席でございます。

『読売新聞』(1928年1月8日号)

 五代目さんこと、五代目柳亭左楽が得意とした新作人情噺。

 五代目は日露戦争の従軍経験があり、それらを元にしたスケッチ風の新作や、市井の兵隊生活を描いた噺も得意とした。ある意味では、柳家金語楼よりも先に「兵隊」を落語に持ち込んだ人であろう。

 上の噺は、左楽が最も得意とした兵隊噺の一つ。古典の『藪入り』を焼き直したような筋になっている。

 今日ではまずできないし、受けないであろうが、戦前誰しもが子供の出世と無事を祈る兵役で、祈る親心の優しさやいじらしさを描けている――戦争と文化に関係するサンプルとしては、一応の価値があるのではなかろうかね。

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