落語・手切れ

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手切れ

 神田に近江屋という砂糖問屋があった。
 三十人あまりの雇人を抱える大店で、主は二十九歳の若旦那。
 落語の若旦那とくると遊びに恋にうつつを抜かす『バカ旦那』が相場であるがーーこの近江屋の若旦那は町でも指折りの孝行者として知られていた。
 妻も娶らず、遊びにも行かず、七十六歳の母親を孝行する日々を送っていた。
 そんなある日、出入りの大工の棟梁、松五郎が訪ねてきて、よもやま話のあとに、ふと、
「時に若旦那。おかみさんをもらったらどうです。矢来町に紀伊国屋という酒屋さんがあります。こりゃ私の旦那筋ですが、そこの妹娘さんでお花さん、今年で二十歳になりますが、器量も気立てもいい娘さんです。どうです」
 と、話を持ちかけてきた。前から母に「そろそろ家庭を」と言われていた若旦那、これを承諾すると、松五郎は喜んで仲介を始めた。
 若旦那も知られた孝行息子、相手が嫌がるはずもなく、話はトントン拍子に進んでいき、ここに一組の夫婦が生まれた。
 夫婦仲もよろしく、姑にも孝行を尽くす、近所でも評判の夫婦であった。
 安政2年10月2日の四ツーー只今の10時頃、親戚周りから帰ってきた若旦那を、姑嫁が迎える。若旦那は帳場に座り、お花さんが若旦那の着物をたたみ始めると同時、ガラガラと俄に凄まじい地響きとともに地震が襲った。安政の大地震である。
 若旦那は傍に居た母親と共に庭へ飛び出して一命をとりとめたが、哀れお花さんは逃げ遅れ、倒れてくる家に押しつぶされて、左手を挟まれてしまった。
 近くの家から出火。奉公人たちが頑張ってもお花さんの腕は抜けない。
「お花許せ」
 若旦那は道中差を抜いて、お花の左腕を切り落とした。すぐさま手当をして、矢来町の実家へ担ぎ込んだ。
 なんとか普請の目処も付き、お花の腕の傷も落ち着いた。仮普請がなったので、奉公人を頼って「帰ってくるように」と伝言をしたが、帰ってこない。
 何度も奉公人を送ったが曖昧な返事ばかりで家に帰ってこなかった。
 若旦那が直接矢来町を訪ねると、お花は家の奥で縮まっていて、「手がないからきまりが悪い」と恐縮する。
「そんな事はない。本当の天災なんだから気にかけることはない。一緒に戻ろうじゃないか」
 と若旦那は優しく諭すもお花さんは首を振って、
「だって一旦手を切った亭主のもとには帰れません」

『読売新聞』(1927年2月25日号)

 五代目柳亭左楽がやったネタ。

 妾の手切れを巡ってのドタバタを描いたものには『手切れ丁稚』という作品がある。これと同類かと思ったが全然違った。

 内容としては一昔前の人情噺っぽい所があり、凄まじく良い作品だとは思えない。

 しかし、地震がターニングポイントになるという噺はあってなさそうなもの。それだけでも珍しいではないだろうか。

 ある程度刈り直せば、相応に聞ける話だと思います。

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