落語・千人針

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千人針

 ある長屋にご存じ八さんが住んでいた。
 相も変わらず、知り合いのご隠居さんに上がり込み、色々と話を聞く。ご隠居は、この度の日中戦争の話から、昔の戦争まで遡って、戦争の武勲を教える。
「ああ、立派な兵隊になりたいものだ」と、興奮やまないまま家に帰った八さん。中に入ると、おかみさんが飛んできて、「今さっきお前さんの所に召集令状が来なさったよ」。
 女房から召集令状を受け取ると、航空隊からの召集命令が記してあった。
「この長屋から名誉の兵隊さんが出たぞ」と、長屋中大騒ぎになって、次々と八さんの家にやってきて、「おめでとうございます」「頑張ってきたまえ」と土産や餞別を置いていく。
 八さんの出征を知った女房連はさっそく、布と針を用意して千人針を求めに表へ出ていった。
 夕方になって帰ってきた女房連を見た八さん、「千人針はどうだい」と、成果を聞いてみると「酉年の人を選んできた」という。
「寅年の千人針は聞いたことがあるが、酉年の千人針は聞いたことがない」
 と呆れると、女房連は口を揃えて、

「でもお前さんは航空兵だから……」

『都新聞』(1938年9月4日号)

「千人針」は落語界の大スターだった三代目三遊亭金馬が演じた新作落語。いわゆる国策落語という奴である。自作自演と聞くが定かではない。

 内容は国策臭が強く、当然今日の倫理や常識では受け入れられない代物である。「戦争落語を聞く会」でもやらない限り、できようもない代物であろう。

 千人針は、その名の通り、出征する兵隊の「無事・誉れ」を願うお守りである。千針を目標にして、道行く人に声をかけ、針を縫ってもらう。中には、布の上に五銭・十銭銅貨を結び付け「四銭(死線)、九銭(苦戦)を乗り越える」といった事もやった。一種の民間信仰の部類である。

「寅年の千人針だろう」というのは、千人針のルールから基づく発言である。基本的に千人針は、一人一枚一針が原則であったが、寅年の女性だけはその年齢だけ縫う事ができた。『虎は千里行って千里を帰る』という逸話があった所から「兵隊が千里行って千里を還る」とこじつけて、そういう風習が出来上がったという。

 故に、寅年生まれのお婆さんなどは凄まじく重宝され、連日のように声がかかった伝説が残っている。

 オチはそんな千人針の風習を元に「航空兵は空を飛ぶから、酉の方がいいだろう」というわけ。わかりづらい落ちではある。

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