落語・天国旅行

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天国旅行

 世の中はどんどん技術が進歩し、これまでは出来なかったことができるようになる。馬や駕籠が汽車や電車になり、気球が飛行機になる。そんな産業革命の起った時代の話である。
 横浜の富豪の家に生まれた若旦那の浦島、親子ともども骨董や珍品が大好きで、金に糸目を付けずに変な品ばかり買っている。
 そこに若旦那が贔屓にしている幇間の風八がやってくる。
「若旦那、先日、旦那様がアメリカから珍しい気球をお買いになったそうで、ちょいと見物に参りました」
「東京からわざわざ来てくれてありがたい、実は今日は退屈で困っていた」
 若旦那は上機嫌で風八を家に入れ、色々な骨董や珍品の転がる部屋に通す。
「これは見事ですなあ」 
 風八がゴマをすると、若旦那は「何か面白そうな品でもあるか」と喜んで尋ねてくる。風八が目についたものを尋ねると
「これはマカロフの髭、あれは李鴻章の鼻くそ、こいつは小人島の蚤のキンタマ」
 など、嘘か本当かわからない答えが出てくる。風八は呆れていると若旦那は次の間を開けて、
「そしてこれが風船だ。五百万円で買った」
 と、自慢の風船を見せてくれる。機械を入れると、風船はたちまち膨らみ、八畳の部屋がパンパンになるほど膨らんだ。
「驚いたよ」
 風八が目を丸くしていると若旦那は、
「こいつは便利だぜ。敷物もあるし、兵糧もある。しかも早いから世界各国一時間もあればどこまでも飛んでいく」
 とうそぶき始める。
「先日は極楽の方に旅行に行ってきた」
 若旦那は風八を相手に、極楽旅行の顛末を語り出す。
「須弥山のふもとへ風船が付いた。極楽は日本と同盟を結びたがっていて、万事が日本調になっていた。市中はお星さまたちが盛んに動き回っていた。年よりのような星はウメボシ、汚い乞食のような星はキリボシ、軍服を着ている星がいてこれが西郷星……」
 夜這い星は服を脱がされ、ほうき星は町中掃除をしている。星たちは相撲が好きで、相撲を取り合っている、と若旦那の説明は止まらない。
「極楽へ行ったついでに色々な国にもよった」
 極楽の途中で寄った小人国。これは小人ばかりの国で、自分が足を動かすだけで近衛兵が飛んでいく。
 つづいて大人国。これは人がデカすぎて、みんな首から上は雲で見えないという始末。
 さらに、不死国というのがあって、ここでは「死にたいが死ねないものだからみんな自殺が趣味になっている。熱が出ると狂乱するほどに喜ぶ」。
 若旦那の嘘か本当かわからぬ旅行談に煙を巻かれた風八、「ちょいと風船に乗ってみたい」と漏らすと、若旦那、「よし、今から行こう。親父が来るとうるさいからな」と、風八を乗せて出かけてしまう。
「どちらへ行きますか」
「今度は竜宮城にでも行こうか」
 若旦那が風船を操ると見る見るうちに日本を離れ、朝鮮中国を離れ、水の中に飛び込んだ。それでブクブク沈んでいくと、竜宮城に辿り着いた。
 浦島太郎の子孫を自称した若旦那は竜宮で大変な歓待を受ける。乙姫に招かれ、宴に出たが「このままでは浦島太郎の二の舞なるのでは」と危惧した二人は玉手箱を持って逃げだそうとする。
 その途中、転んで玉手箱を開けてしまい二人は年寄りになる。呆れる二人であるが、そこに「人間が逃げた」と魚の兵隊たちがやってきた。
「そこのご老人、若い日本人二人を見なかったか?」
「知りません」
 魚たちは、目の前にいる二人がターゲットである事も知らず、二人を探しにどこかへ去って行った。
 そこに亀が現れ、「どうぞお二人さん、私の背中の甲羅に乗って下さい。私は日本が大好きで……」と親切に陸上まで届けてくれた。
 さて、家に帰ってみると五十年ほど時がたっていた。しかし、両親は健在で温かく若旦那を迎えてくれた。
「わしは百一、ばあさんは九十九だ。お前さんたちはいくつになった」
「私が六十歳、風八が五十九歳です」
「不思議なものだな。この年になったらもう道楽はしないだろう」
「道楽どころではありません。今年の秋は六阿弥陀にお参りに出かけようと思います」
「しかし、こうして無事に戻ってこられたのも皆年の功だなあ」

「いえ、お父さん。亀の甲で帰ってきました。」


落語五人全集

 明治の爆笑王・三遊亭円遊が演じた新作落語。如何にも明治の想像や未来図が生かされたナンセンス落語である。明治の文明開化、富国強兵が描かれているのも面白い。

 落語では『竜宮』などで竜宮城へ行くSF的なナンセンス落語があるが、これはその上を行く。「ガリバー旅行記」的な味わいがあるのが不思議である。円遊は誰かから聞きつけてこれを翻案したのだろうか。

 今日では古臭くなっている所もなきにしもあらずだが、これだけ荒唐無稽だと逆に面白くなってくる。明治の冒険小説を読むような、壮大で心強い気持ちにしてくれる。

 オチは「亀の甲より年の劫」をもじったものであろう。

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