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音曲市場
普通の商売では客が呼べないと案じた市場の連中、「音曲市場」という市場を拵えることにした。
いわく、何でも歌でものを商うという賑やかな市場である。
呼び込みは『東京音頭』で、〽物を買うなら音曲市場、花の都の花の都の真ん中で、安いよ、買い時じゃ
八百屋の店では客が大根を買いにくると『草津節』で、
〽大根よいとも一把もお買い、漬けておいても無駄じゃないよ、買いな買いな
米屋では、客が米の相場をたずね、「晦日勘定にしてくれ」と頼むと、米屋は義太夫『壺坂霊験記』で、
〽みっちり上がった三等米、売って暮らしているうちに、情けなやこの節は、利益もつかぬ廉売で、目鼻も開かぬその上に、新規で売れどなんのその、一般どこでも現金じゃ、たとえ知り合い知らぬ仲、未来までも得意じゃと、思うばかりかこねまをし
と愚痴ると客も納得して現金払いで米を買って帰っていく。 酒屋に客がくると、掛合で常磐津『将門』。
〽酒屋の主人は目を覚まし
(酒屋) 「大東京の真ん中へ音曲の市場をつくり人民の便利のため、酒味噌廉売に、頭を悩まし暫しまどろむそのうちに、見なれぬ客のこの体はまさしく宣伝のききたるか」
(客)「もうし、酒屋様、酒屋様」
(酒屋)「さてこそお客御座んなれ、いで商売を」
(客)「ああもし様子言わねばお前の疑い、私ゃ都の郊外で音曲の好きな機嫌上戸で御座んすわいな」
(酒屋)「ヤー心得難きその言葉他町を隔てしこの見世へか弱き女の身を持ってわざわざ来るもいわれなし、ついに来もせぬその客がなぜここへ」
(客)「さあお訪ねなくともにお前の見世、知りしはすぎし宣伝に」
(酒屋)「ヤ、何んと」
(客)「ああ、もし」 〽酒やお見世の酔い心、陽気な上戸猪口稼ぎ、売り名の菰に包まれて、いと銘酒らしい樽の山肴屋では流行歌『東京行進曲』。
〽めざしおいしい、イワシにうるめ、あだな塩がれ鮭、にしん、不漁で驚いて儲けがふいで、これじゃ肴の涙雨
鮨屋では清元の『喜撰』。
〽えびにまぐろにいかにしゃこであれば、さば、玉子に穴子
鋳掛屋は端唄の『春雨』。
〽金鍋にちり取りつるべ、杓子盃手燭、五徳に柄杓、木鉢猪口、籠、膳、椀盆火鉢七輪、炭取火吹き竹、べちや土瓶、銘々盆鉄瓶、丸鉢行平土の鍋、皿に大皿小皿鉦に杓子にほうろく、盥に貝杓子、ささら、たわしにようじ刺し大きな丼、火消し壺、れんげに包丁にみそこし片手桶、盃徳利十能かさねばちきんぴん、かんぴん、薬籠茶碗、飯碗、手箒で庭はく草箒、おかみさん、家はくほこりたたき、おばあさんお茶碗がぶつかったちんからりん
惣菜洋食屋では俗曲『深川節』で威勢よくカツをあげている。
〽よいとなよいよいとな、お菜色々あるその中でフライ、カツレツ、コロッケだ、コロッケだ、大勉強、さあ早く買わなきゃどしどし売り切れだ、ヨイトサ売り切れる
と囃し立てると客も方も揃いに揃って
〽カツくれカツくれあげたてカツくれ
『読売新聞』(1934年1月23日号)
音曲噺の一つ。柳家枝太郎や柳家つばめといった音曲師が得意とした。 話の筋よりも粋な喉と音曲、三味線本位の芸である。 くだらないといえばくだらないが、普遍的な商売の仕方もあるため、無下にもできぬ話である。 音曲に強い春風亭一朝氏やら林家正雀氏あたりならできそうだが――
ただ元ネタがわからないとその書き換えやパロディの真骨頂が伝わらない可能性は、ある。
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