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ブロマイド屋
ある間の抜けた泥棒、夜の二時を回った頃にノミを持ち出して目星をつけていた家の表の戸をこじ開け始める。
都家歌六『落語レコード八十年史』参考
(ベリベリバリバリボリベリバリ……)
驚いた家主、一つ芝居をして泥棒を追い返そうとする。
「来てくださいなちょっと、いえ泥棒を表をこじているんですからね。誰か早く来てくださいな。水谷八重子さん、梅村蓉子さん、酒井米子さん、来てくださいな」
泥棒はノミで開けた節穴から家の中の声を聞く。
「ハハン、ここの家は、なるほど、女優養成所やな。えろう女優のスターが並んどる、よし女優てな餓鬼はくそったれめが、現代の女優てな者は、よろしく鼻下長のパトロンをチャームして、銭取ってけつかるねん、くそったれめが、そういう奴に俺は同情せん」
(ベリベリバリバリボリベリバリ……)
「まだですよ。来てくださいどなたか。ねえちょっと。あの誰かおりませんか。二階に。伝次郎さん、長二郎さん、阪妻さん、百々之助さん、来てくださいな怖いですからね。ちょいと」
「何やここの家は。ははん、えろう男優がぎょうさん居よんな。映画俳優ばかりやで。こりゃ女優養成所と違うわい、旅館やな。女優と男優とごちゃごちゃかたまりやがって、ラブシーンの実演やってけつかるねんな、くそったれめ、バカにしてけつかる。役者てな餓鬼、落語家やったら堪忍したるけど、役者なんて承知せんで、くそったれめが」
(ベリベリバリバリボリベリバリ……)
「まだ来てますよ、困っちゃいますわね。ちょいと常ノ花さん、宮城山、来てくださいな。清瀬川さん」
「なんやここは、相撲取りが居よるで。なんじゃい相撲取りくらい、水ぶくれ、こたえるかい。そんな相撲取りくらいでは驚かんねん、くそったれめ」
(ベリベリバリバリボリベリバリ……)
「まだですよ。来てくださいどなたか。大山様、乃木大将、アレキセーフにナポレオン、来てくださいな」
「なんやこの家、アレキセーフにナポレオン、そんなもんまだ居よるんかいな、くそったれめが」
(ベリベリバリバリボリベリバリ……)
「まだですよ、来てください。ちょいともし、二階のお方、降りてきてくださいな。チャップリンさん、ロイドさん、ルーデサックにトッカピン」
「ややこしい家やな、この家はチャップリンにロイド、ルーデサックにトッカピン、ややこしい家やな。しかし一体この家はなんの商売しておるんや」
泥棒手を止めてひょいと看板を見ると、
「バカにしてけつかる。ブロマイド屋や。」
戦前戦後大阪で活躍した立花家花橘が演じた新作落語。
関西のネタに「写真屋盗人」という――間抜けな泥棒が、写真屋を覗き込んでドタバタを引き起こすネタがあるが、そこから着想を得たものか。
(ベリベリバリバリボリベリバリ……)は、壁に穴をあける擬音である。柳家小ゑん氏の「ぐつぐつ」のごとく、話の転換としてうまく使われている。
出てくる役者や関係者の殆どは、昭和初期に大変な人気や尊敬をもって扱われていた人々ばかり。当時の人気タレントや関係者の良い見本でもある。いくつか補足していると――
「伝次郎さん、長二郎さん、阪妻さん、百々之助さん」は、大河内伝次郎、林長二郎(長谷川一夫)、阪東妻三郎、市川百々之助。皆チャンバラ映画の大スターである。
「大山様、乃木大将、アレキセーフにナポレオン」は、当時の軍人関係者。大山様は陸軍元帥・大山巌、乃木大将は日露戦争で知られた乃木希典。アレキセーフは、日露戦争の一因となった極東総督のエヴゲーニイ・アレクセーエフか。ナポレオンは、ヨーロッパで大暴れした御存じ、ナポレオン・ボナパルト。
ただし、最後のルーデサックにトッカピンは「コンドームに精力剤」という意味。よく発禁処分にならなかったものである。
当時の風俗を表した、一つの資料としてみるにはいいかもしれないが、再演は難しいだろう。いい噺とは思わない。
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