落語・石鹸

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石鹸

 明治維新以来、日本には大量の外国文化や言葉が持ち込まれた。その中でも英語は日本人の文化に大きな影響を及ぼしたわけだが、入ってきた当初は少し英語がわかるだけでも、鬼の首を取ったような人がいたそうで――
 ある日、長屋の若い衆がたむろしていると、伊勢屋の若旦那が訪ねてきた。
 この若旦那、大変な洋物好きで英語や洋服にどっぷりつかっている。ただ物好きならば構わないが、如何せんキザで知ったかぶり、英語を使って煙に巻き、英語を解さぬ町の若い衆たちを小馬鹿にして来る始末。
 親の威光もあって、若い衆は相手にするものの、心中ではめちゃくちゃ嫌っていたのは言うまでもない。
「おはようございます。若旦那」
「アイ、アイム、ゴーイング、ツウ、パッシング」
「へえ、どちらにおいでで」
「お前方はイングリッシュを解さないねえ」
「へえ、人形を返さないってんですか」
「いや、英語がわからんのかというのだ」
「英語?そんなものわかりません。日本語だってわかりゃしねえのに」
「ああ、慨嘆至り悲惨の極みだねえ」
「なんです?」
「お前それでも人間かい?」
「何を仰る。これでも人間の形をして飯を食って生きてます」
「じゃあ飯をいたずらに食うていたずらに肥やしを作る機械の如きものだね。名付けて製糞機械あるいは造糞機というかね」
「なんです?」
「肥料を作る機械のようだと言っている」
 などと頭から小馬鹿にしてくる始末。若い衆、若旦那の対応もそこそこに吉原へ遊びに行く相談を始めると、
「女郎というのは物質的なキレイ汚いではなく、精神的不潔である。多くの賤業婦があつまって、遊人をたぶらかすという手段、ああ実に唾棄すべきもの」
 などと嫌味をいうので若い衆はカチンっとくる。若旦那、嫌味をいうだけ言って「風呂に行く」と立ち去った。
 後ろ姿を見送った若い衆、若旦那の嫌らしさをぶちまけて、「一つ懲らしめてやろう」などと話し合う。
 そこで出てきたのが「どうだい、一つ南蛮渡来の石鹸(シャボン)を食わせようじゃねえか」といういたずら。それに賛同した若い衆、さっそく店で石鹸を買ってきて、細かく切り、適当に持ってきた西洋菓子の中に入れてザラメをふりかけた。
 そして、いけしゃあしゃあと「これは西洋の土産だそうですがどう食べるのかわかりません」と尋ねる算段。見栄っ張りの若旦那のこと、見栄をはって石鹸を食べるに違いない、とほくそ笑む。
 そこへ若旦那が戻ってくる。相変わらずの嫌味づくしであるが、若い衆はどこ吹く風で若旦那を招いて、先程のシャボンを「西洋の菓子だそうですが食い方がわからない」と若旦那の前に出す。
 若旦那、「これはイギリスの菓子だ」とデタラメをこく。
 若い衆があれこれ尋ねると、
「名前はスモールオールバック。食後に食う菓子だ。フォークで食べるんだが」
 などとインチキをこねる。
「一つ実食してください」
 若旦那、石鹸を一口に食べたがとんでもない味に目を白黒。若い衆は「それ引っかかった」とひっくり返って笑う。
 若旦那、口からアブクを吐きながら「石鹸と承知で食ったのさ」とうそぶく。
「負け惜しみも大概にしてくださいな」
 と若い衆の冷笑に若旦那、
「いや、お前方は無知蒙昧。吾輩は目下我が国の状態を顧みていたのだ。富を作らねばならないということを自覚したのだ。」
「なんです?」

「富を作るには、このセッケン(節倹)が腹に入ってみな。経済が明るくなるじゃないか」

都家歌六『落語レコード八十年史』参照

 初代三遊亭円歌が演じた新作落語。ただ、ベースは古典落語の『酢豆腐』となっている所から考えると、「改作」といってもいいかもしれない。

 この円歌という人はずば抜けた名人ではなかったが、不思議なフラや新作改作の才能があり、「改作や新作でも一枚看板になれる」という証明をして見せた一人であった。

 弟子には恵まれ、筆頭弟子的な存在だった三遊亭歌笑は、「三遊亭金馬」の名跡を継いで、ラジオにレコードに大活躍。

 歌笑の弟弟子、「歌奴」は師匠の「円歌」を継いで、「二代目三遊亭円歌」。「呼び出し電話」「社長の電話」など華やかな話術とネタで凄まじい人気を集めた。

 今日の落語協会にいる「三遊亭」――その一門の元をたどると、この人に行きついたりする(圓生一門などは別)。

 この「石鹸」はまだ石鹸が珍しかった時代の世相をよく反映しているといえよう。若旦那の嫌味の言い方が、どことなく今日の「意識高い系」に似ているのがおかしい。

 サゲの「節倹が必要である」というのは、「節約倹約」の略、節倹という当時の流行語をかけたもの。わかりづらいそれである。

 改作にしてはよくできている方であるが、石鹸が百円未満で買えるようになった時代、「酢豆腐」の方が普遍的な面白さを有しているというのが現実、か。

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