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センターフライ
子供の運動というと沢山あるが、野球が人気であるのは今も昔と変わらない。
『昭和落語名作選集』参考
昔は見るのもやるのも好きな子供が随分多く、野球をモデルにした商品などもたくさんあった。
ある街角に「野球菓子販売器」なる野球盤を持って商売に出た菓子屋の男。子どもたちを集めて、「ワンプレイ一銭ですよ! 一塁二塁三塁どこに入ってもお菓子はたくさん出てきます。ホームランだとお菓子が二倍! アウトだと一つだけですが一つでも一銭の価値があります。さあどうです」
と言葉巧みに誘う。
子どもたちは喜んで一銭を入れて遊び始める。
男は子どもたちをはやしながら「うまくホームランになるといいですね、おや、真ん中でグルグル回ってます。真ん中はセンター、高い球はフライ、センターフライ、センターフライ」
そこへ一杯機嫌の男がツカツカ近づいてきたかと思うと、
「おい、菓子屋、今何をいったんだ?」
と脅しをかける。菓子屋は驚いて、
「恐れ入ります、が、お気に触るようなことは申しておりませんが。ただ、商売の説明をしていただけです。こうして玉が出てくる。それを弾いているとくるくる真ん中で回り始めた。センターフライセンターフライ、これだけです」
すると男は顔を真っ赤にして、
「待て。やい、待て、こんちくしょう。サアー勘弁ならねえ、俺がいつフライを食った」
と怒鳴る。菓子屋はますます驚いて、
「何もあなたがフライを召し上がったとは申しません」
というと、
「ふざけるな、てめえいたなんといった。センタフライだ、センタフライだって。俺はな、隣町で大工をやってる仙太というもんだ。うーい、今の家で刺し身で一杯やってきたばかりだ、それで仙太刺身というならわかる。しかし、フライは大嫌いだ。それを食ったとはなんだ。我慢できねえ。先祖にも申し訳がたたねえ。それとも、てめえが俺にフライをおごったことがあるのか?何時何分にどこでフライを奢った」
仙太という男は大変な絡み酒である。
「いえ、あなた様が仙太だか権太だか存じませぬが私の申すのはセンターで」
と菓子屋の弁解を聞かず、
「バカにしてやがる! このあたりで俺の名前を知らねえものはいねえのに、何だその口の聞き方は! 名誉毀損で訴えてやる!」
と胸ぐらをつかんで今にも殴りかかろうとする勢い。
そこへ「待った」と仲裁が入る。仙太が振り向くと兄貴分が立っていた。
「胸ぐらをつかんで何してるんだ、離してやれよ」
「兄貴は悔しいよ、この菓子屋がセンタフライ、センタフライとバカにする!」
「つまらない事をするもんじゃない。お前は酒を飲むと人に絡む癖があるからな。菓子屋さん、どうぞ許してくださいな。こいつを連れて帰りますから、どうぞご勘弁を」
兄貴分は詫びを入れると、喚き散らす仙太を引っ張って家へと連れ戻す。
家に入るとおかみさんが出てきて、
「どうもすみません、また兄さんのご厄介で」
などと恐縮している。
兄貴分は「困るよ、こいつは絡み酒だと知っているだろ。飲み始めたら外に出しちゃいけねえ」と、散々文句を言いはじめる。
この顛末を聞いてすっかり呆れたおかみさん、
「もうこんなに酒癖の悪い人は見てられないから離婚したい」
とボヤくと、酔っ払っていたはずの仙太が起き上がり、
「聞いたぞ!酒飲みの亭主には愛想が尽きただと!畜生人でなしめ!」
と、立ち上がって、火鉢の上にかけてあった鉄瓶を投げつけた。間一髪の所で避けた二人、
「なにするんだい! そんな乱暴をして!」
と留めようとするが、酒が入っているから暴走の度合いがすごい。
仙太はおかみさんの髪を掴んだかと思うと思いきり投げ飛ばした。
すると、隣のラジオの音が突然大きくなって、野球中継の声が響き渡る。
「打ちました!大きなあたり!センターフライ!センタフライ!球はぐんぐん伸びてます!あ!センター抜かれました!ヒットヒット!」
奇人変人にして演芸研究の大家、正岡容の改作落語。元ネタは「壁金」という古典落語からきているらしい。
「壁金」もやり手の殆どない噺である。先年亡くなった都家歌六氏が持ちネタにしていた程度であるか。
噺としては単純で――
金太郎飴売りが「アメの中から金太さんが出て来たよ」と子供相手に歌っていると、金太と名乗る酔漢が飴売りにひどく絡む。兄貴分が仲裁を入れ、家に連れ戻すとおかみさんはおかんむり。「こんな亭主とは別れたいほどだ」と聞いて激昂した金太が飛びかかるも、間一髪のところでよけられてしまい、その拍子で壁に激突してしまう。如何せん貧乏長屋の事、壁がめりこんで隣のお婆さんの家に転がり込んだ。お婆さんは驚いて、歌い調子に「おやおや、壁の中から金太さんが出て来たよ」
というもの。飴売りの歌がほとんどなくなった今、やるにもやれないネタである。
正岡容はこのネタを盟友の七代目橘家円太郎に贈呈した。円太郎はいたく気に入っていたそうで、興に乗るとこれを演じた。しかし評価の方はあまりよくなかったとかで、立川談志は自著の中で「余りにも下らない」と貶している。
しかしこういうくだらなさが寄席の味わいではなかったか。
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