落語・地球の裏表

[random_button label=”他の「ハナシ」を探す” size=”l” color=”indigo”]

地球の裏表

落語はおりこうと少し足りないのを出すと微笑ましいものになるという。
「お前こっちに来なさい。何だい、ハッキリしろよ。なんでぇその着てるシャツは。スポーツシャツってのか。なかなかいい色じゃねえか。柄、柄ってんか、それもいい。でもズボンの色と釣り合いが取れてない。マッチだったかライターだか知らないけどよ。なかなかいいよ。それでもう少し中身がよければ……青年は張り切らればいけない。」
「なに?」
「青年ははりきるんだ」
「人がおとなしいからってあまり舐めたことをいうもんじゃない」
「なにを?」
「若いものをつかまえて青年とはなんだよ」
「若いから青年ってんだ。覚えておけよ、17、8から二十代、これが青年。それから上の五十くらいまでが壮年というんだ」
「じゃあ年寄は来年か」
「馬鹿なことをいうな。これからの日本はお前たち青年が背負わなきゃいけねえ。」
「冗談は困るよ。あんな大きな日本どうやって背負うんだい。背負うんなら一番ラクなところを背負わせてもらう」
「楽ってどんなところ?」
「知らないのかい。長野県、信州の軽井沢」
「何くだらないことを言ってんだ。目を大きく見開いて局面を見なきゃいけないんだ」
「何だそれならそうとはっきり言ってくださいよ。それならあっしもできます」
「できるか……って何してんだよ。めんたま大きくあけて?タコのおばけじゃあるめえし」
「だって目を開けろといったじゃねえか」
「全く情けない。アジアの人間がそんなのでどうする」
「アジア?アジアってなんだ?」
「アジアも知らないのか。地図を拡げろ。ここに日本があるだろう。このトンガラシみたいなのが日本列島だ。そしてその周りに島や大陸があるだろう。これがまとめてアジアだ。俺たちはアジアの人間なんだ」
「それは全然知らなかった……日本がとんがらしになっていたなんて……わさび漬けなら……」
「馬鹿なことを言ってんじゃない」
「アジアは日本より大きいんですか?」
「大きいよ。日本の五倍あるんだ」
「え?」
「日本のゴ・バ・イ」
「五倍? じゃあ東京の何倍になるんです?」
「全くお前は足りないやつだな。よく考えてみろ、日本で五倍なんだ、東京なら六倍に決まってるじゃねえか」
「わかったようなわからないような……んで、アジアってどこにあるんです?」
「アジアは地球にあるんだ」
「地球?随分とご無沙汰して忘れてしまった」
「何いってんだ。我々が住んでいるのが地球なんだ。ゴムマリみたいな形をしていてな、丸い形でそこへ色々な国がひっついてる。日本も北半球ってところに引っ付いてんだ。」
(手で円を書くジェスチャーして見せる)
「ほー、じゃあ日本がここにあるなら反対側にもあるんでしょ?」
「当然だ。ブラジルって国がある。このブラジルは日本人が沢山行ってなあ、兄弟みたいなもんだ。」
「あー、ブラジルってのが。つまり日本とブラジルは差し向かいの仲ですね」
「なに?」
「差し向かいでしょう?」
(ジェスチャーで差し向かいの様を見せる)
「お前、そうは言うけど遠いんだぞあそこは。差し向かいとは言うが全てがあべこべになってんだ」
「あべこべ? あべこべとは?」
「日本が朝ならブラジルは夜、ブラジルで朝ごはん食べてりゃ日本は夕ご飯の時間とこうかる」
「反対ってのは難しいね。なんです、ブラジルで結婚式あげてたら、日本では夫婦喧嘩しているんですか?」
「そんなバカな話があるか。そんなことはないよ」
「しかしいくのは大変でしょうねえ。地下鉄ですか、バスですか?」
「何の話をしているんだ。日本とブラジルの間には広大な海があるんだ。地下鉄なんかで行けるかい」
「じゃあどうやって行くんですか?」
「船や飛行機でな、行くんだ。海を辿っていくと海は繋がっているからな、いずれ到着する塩梅だ」
「その間なにもないんですか?」
「馬鹿言うな。海ばかりなわけ無いだろう。ブラジルと日本の間にも島国はちゃーんとある」
「ほんとうに?」
「本当だよ。」
「ワッハハハ」
「何笑っているんだ」
「だっておかしくてしようがないんですもの、私しゃ」
「なにがおかしいんだよ?」
「だってそうでしょう。さっき日本で朝ごはん食べてるとブラジルで、晩ごはん食べてるといったでしょう?」
「そうだよ」
「今度ブラジルが朝ごはん食べてるときは、日本は晩ごはん食べてるんでしょ?」
「そうだよ」
「ほらみろ」
「なにが?」

「そしたら、真ん中の国の人は始終昼飯ばかり食べている」

『落語名作全集5』参照

 落語作家・鈴木凸太が執筆し、桂小文治に提供した作品が元ネタであるという。ただ、小文治はこのネタを物にはせず、弟子の枝太郎に譲った次第である。

 戦時中にできたネタだけあってか、当初は「大東亜共栄圏」「地球の裏側でも日本人は頑張っている」といったような戦時思想色の強い作品だったようであるが、枝太郎が改作に改作を重ね、徹底的なおとぼけ作品に仕立て上げた。

 中身は小咄を引き延ばしたような――愚問愚答の繰り返しであるが、朴訥ともいえる枝太郎の話術が逆にこの噺の世界観と合致し、枝太郎の当たりネタとなった。

 単純明快、下らないといえばそれまでであるが、肩の凝らない作品としてはよくできていると思う。

 現に三笑亭夢丸氏などはこの作品を時々やる。寄席のお彩りには相応にやれるネタではないだろうか。

[random_button label=”他の「ハナシ」を探す” size=”l” color=”lime”]

コメント

タイトルとURLをコピーしました