落語・花街中継放送

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花街中継放送

 ラジオ全盛時代の戦前。
 スイッチをひねるだけで、政治も講演も演芸も音楽もスポーツも童話も流れてくるラジオは最大の娯楽、宝の箱であった事だろう。
 その中でもラジオの発展と共に現れ、一世を風靡したのが実況中継。マイクを持ち込んでスポーツや議会の様子を生々しく聞かせ、評判をとった。
 ある放送局、花街の待合で中継放送をやったら面白かろうと、マイクロフォンを持って、いそいそと出かけていく。
 花街の待合が一番賑やかになる十二時過ぎ、アナウンサーはマイクロフォンを持って料理屋の玄関で待機。
「ゼーヒーキーケー。ゼーヒーキーケー。お待たせいたしました。試験放送も無事通過いたしまして、只今より待合の放送をはじめます」
「ねえちゃんねえちゃん」
「ただいま、黄色い声を上げましたのはお酌でございます。関西では舞妓さん」
「ねえちゃん、わたいあんな人嫌いやわ。」
「あんた岡惚れてたやないか。」
「あたい、商売上惚れていたの。それに変な事ばかり言い張るねん。あんなおじいさん嫌いやわ」
「ただいま、お聞きの通り、あんなおじいさん嫌いと申しております。商売上惚れていたそうでございます。花柳界へ行く方はよく心得るべきだとアナウンサー想像いたします」
 と、こんな調子で実況を進めていく。
 そうこうしているうちに、年の頃なら45、6歳のお客がやってくる。「家内がやかましくてなかなかうかがえない」と笑う旦那の姿もいちいち実況放送を進めていく。
 そうしてその旦那の密着取材に取り掛かる。
 旦那は、相変わらずの機嫌でお膳を頼み、女将と下らぬおしゃべりをして寵愛している芸妓のべチョ子を呼び出す。
 この様子もいちいち実況していく。
「おい、三味線弾け」
「そう。なに歌いますねん?」
「都々逸弾け」
 すると、アナウンサーは演芸番組の口調になって、「都々逸だそうでございます。お楽しみの内にお聞き願います」。
「ああ、こりゃこりゃ」
「只今妙な声を出されました。この声の様子では、変な声らしゅうございます。沢庵の押しをきつくお願いします」
 旦那の都々逸の後、新内の流しや菓子屋が通り、「新内が聞こえて参ります!」「みつまめ~アイスクリーム~」という声も入ってしまう。
「おい、声色屋。声色やってくれ」
 旦那と芸妓は流しの声色屋(物真似芸人)を呼び止めて、「成駒屋、中村鴈治郎をやれ」という。
「声色を使っております。あ! 二人ともいい雰囲気になっております! 座敷がエロになっております! お客様膝枕、後二分で時報。残念ながら終わりまで放送できないかもしれません!」
「いてて……!」
「ただいま、ただいま、お客の髪が引っ張られました!」
「わかっとる、わかっとる。暑いからそこを閉めよう」
「ただいま、暑いからそこを閉めろと申されました。この芸者、このお客……お楽しみのところ誠に相済みません。ただいまから時報、午後の十二時をお知らせいたします。二秒前、一秒前、半秒前、三ツ割一秒前……(鐘の音)」

「只今お知らせいたしました時は、午後十二時でございます。皆さまごきげんようお休みなさいませ。ゼーヒーキーケー……」

『落語レコード80年史』参考

 桂小文治がやった新作。この小文治、やたらと放送が好きで、放送ネタを作りまくっている。相当思う所でもあったのだろうか。

 このような実況放送を散々茶化すネタは、ラジオ全盛時代の定番的な物で、落語のみならず、漫談、漫才、果ては喜劇やコントにまで使われた。

 今日面白いかといえば……ねえ。ただ、実況生中継という概念が今なお通用する所を見ると、まだ小文治新作の中ではまともな方といえる。

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