落語・息子の脛

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落語・息子の脛

 伊勢屋の若旦那、親旦那が死に、跡を継いだ。親父の生前は大変な道楽息子であったが、今では改心して立派な旦那として伊勢屋を継いでいる。
 今日も今日とて、仏壇の前に座って丁重な供養をしていると、どこからともなく親父の声が聞こえる。驚いて辺りを見渡せど何もない。
 首をかしげると、またしても親父の声。よく聞いてみると、「お前の孝行と信心が天に通じて、娑婆と連絡が取れるようになった」という。
 倅は喜び、功徳をありがたがるが、当の父親は「少し無心がある。悪いが小遣いをくれ」と、若い頃の自分のような事を言い始める。
 訳を聞くと、「実は冥途という所は、食うには困らないが遊ぶ金はどこからも出てこない所。大きな声では言えないが、冥途で若い娘に惚れられちゃってしまったから、遊ぶ金が欲しい」という。
 若旦那は呆れるが、親父も親父で「若い頃から遊びの一つもせずに生きて来たからこう遊んでみると楽しいものだ」といい、金の無心をする。
「どうやったらお金を渡したらいいんです」と訝しむ若旦那に向かって、「なに、仏壇の前に金を置いてくれればいい。すぐにとってしまうから」。
 果たして仏壇の前に五十両を置くと、ケムリのように消えてしまった。若旦那は呆れながらも親孝行と思って黙っていた。
 しかし、その無心が連日続くとなると隠すものも隠せなくなる。
 若旦那、妻に呼び出されて、「貴方、私に隠し事をしていないかしら」と問い詰められる。妻はお茶屋遊びや女遊びをしているのだろう、と詰め寄るが、若旦那は「親父が死んでからはそんなところ一度ものぞかない」と否定する。
 しかし、妻は帳面を取り出して、「間違いなく三百両なくなっている」と若旦那を叱る。妻は女が出来たと思ってしつこく尋ねると、若旦那遂に隠し切れなくなって、
「彦兵衛という人に貢いでいる」
「彦兵衛? 源氏名にしては変な名前ね。」
「源氏名じゃない。俺の親仁じゃないか」
 これを聞いた妻は「嘘をつくならもっとうまい嘘をおつきなさい」と怒るが、若旦那は「事実だから」と一点張り。話し合っても埒が明かないので、若旦那は無心の実演といって、妻を仏壇の前に連れて行く。
 若旦那が金を出そうとすると妻は「同じ消えるなら酉の市で貰った偽小判を使って」とこれを置くと、いつもの如く煙となって消えてしまった。
 妻は唖然とし、若旦那は身の潔白を訴える。これで若旦那の無実は晴れたが、妻は「貴方が変な遊びをしていないのはいいけどこれはこれでゆゆしき問題」という。このペースで金を無心されては如何に伊勢屋でも没落してしまう、と嘆く。
 親孝行も大切と思っている若旦那、「どうすればいいか」と頭を抱えると、妻は「かつてあなたが父親にされたように、貴方がお父さんに意見をすればいい」という。
 若旦那、恭しく線香をあげて念仏を唱える傍ら、親父に意見をする。親父は酔ってでてきて、「この身代は俺が稼いだものだ」と威張る。
 若旦那は「伊勢屋の暖簾に傷がつく」というと、「そりゃお前に散々言ってきた事じゃないか」と聞く耳を持たない。
 意を決した若旦那、「じゃあ勘当をします。勘当となれば回向も供養もしません。仏壇はすぐに壊して、墓石は漬物石にします」と強気に出る。
 流石の親父もこれには驚いて、「それだけはやめてくれ」と泣いてすがる。そして、「香典に二両をくれ」と頼み込む。
「親の葬儀に子供が香典を出しますか」とあきれる若旦那に「二両で女の手切れ金にするのだ」とたのみこんで、二両をせしめ、そして消える。
 その後、若旦那が念仏を唱えても親父の声がしなくなる。若旦那は「世をはかなんで死んだ……と言ってももう死んでいるしなあ」と心配していると、妻がまた腹を立ててやってくる。
「貴方、もうやらないといったのにまたお金をあげたでしょう」
「そんなはずはない。あれ以来、俺は一文をあげていない」
「でも仏壇の上に一両置いてあるのはどういう事かしら」
 そんなバカな、とおもって仏壇を見ると一両置いてある。見ず知らずの一両に夫婦が喧嘩を始めると、そこに親父が仲裁を入れる。
「先日のお前の意見を聞いて俺は改心した。今は閻魔様の下で、浄玻璃の鏡磨きの仕事をしている。この金はその磨き賃だ」
 という。若旦那は安堵して「昔みたいに小遣いをくれるんですか」というと、親父は笑って、

「小遣いじゃない。これは香典返しだ」

『新作落語傑作選集』より

 大野桂が執筆し、三笑亭夢楽が演じた新作落語。古典的な構成になっているが、かつて散々親父を苦しめたであろう若旦那が堅物になり、若旦那から「堅物」と嫌がられていた親父があべこべに遊び人になってしまうという設定が面白い。

 大野桂は三遊亭円歌以来、優れた台本を書いてきただけあってか、その面白さや安定さは抜群である。この作品もハッピーエンドで終わっているし、オチも結構うまく持って行く。

 大野氏の遺族から許可を取れば、明日からでも出来る噺ではないだろうか。新作の中でも、結構優れた部類に入ると思われる一作。

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