落語・幽霊タクシー

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幽霊タクシー

 あるタクシー会社の片隅で、運転手たちがだべっている。「こうぼんやりしていると眠くなる。ひとつ目が覚めるような話をしようじゃないか。藤田君何かあるかい」(※藤田とは演者の柳亭痴楽の本名)
 藤田は眼をこすりながら「目が覚める話……なら、花火を上げたらどうだい。鼻に花火を突っ込んで火をつければさぞ目が覚めるだろう」
「よせよ、そんなバカなことをするもんじゃない。話で無けりゃ駄目だよ。なにか、怖い話はないか。身の毛もよだつような話が」
「それならある。三日前に体験した話なんだが……」
 と、運転手の一人が怪談じみた実話を語り始める。
 曰く、ある夜更け、池袋まで客をおろして、空車で新宿へと向かうことにした。新宿へ向かう道すがら、杖を突いたお婆さんがよろよろと歩いている。危ないと思いながら徐行すると、事もあろうかそのお婆さんはよろけてこっちへ近づいてきた。思わず急ブレーキとハンドルを切ったが間に合わない。お婆さんを轢いてしまった――が、お婆さんは宙へ浮いたかと思うと逆さまになって、運転手の顔を見ながらゲラゲラと笑った――
「変な話だなあ。それでどうしたんだね」
「そう、驚いて辺りを見渡したら、さかさのばばあ(高田馬場)だった」
「馬鹿にするねえ、この野郎は」
 呆れていると、先程の藤田が「実は俺にもある」と言い始める。仲間たちは「お前が話すと笑い話になるだろう」と取り合わないが、藤田は「これを思い出すと妙に嫌な気持ちになる」と念を押すので、仲間たちは聞く事にする。
 先日、夜中の二時ごろの話である。藤田は裕福そうな旦那に呼び止められ、麹町まで送る事となった。
 目的地へ向かうと、立派な邸宅の前に止まった。旦那は金を払うと「ちょっと上がっていきたまえ」と藤田を誘い、洋酒にごちそうにご祝儀まで貰ってしまった。
 いい気分になった藤田は夜の道を運転していると、途端に得体のしれない火が浮かんできて、何とも言えない匂いがプーン。
「よくみると、夜泣きそば屋だった」
 仲間たちは「冗談じゃない」とあきれるが、「まだ続きがある」という。
 しかし、そこにいたのはそば屋ではなく、白地の着物に洗い髪の不気味な女であった。女はタクシーを呼び止めると「青山墓地まで」とか細い声で言った。
 藤田は驚きながら、ドアを開けようとすると、女はドアを開ける前からスッーと中に入り込んできた。「青山墓地のどちらまで」と声をかけたが返事がない。後ろを振り返ると、そこには女の姿はなく、ぐっしょり濡れた座席があった――
 仲間たちは驚いて声をあげ、「今日、そんなのにあったら嫌だなあ」と震え出す。藤田は「去年の夏のことだよ」と大笑いするが、そこへ「藤田、お客様だよ」と声がかかる。
「お客さんとはどんな方です」
「二十七、八の洗い髪の女の人だね」
「なでしこ模様の白地の着物を着てますか?」
「よくわかったなあ」
 これを聞いて藤田は途端に泣きべそをかき始める。仲間たちに「変わってくれ」というが、仲間たちも嫌がる。結局、じゃんけんで決める事になったが、藤田が負けてしまう。
「行き先はどちらで」
「うむ、青山だそうだ」
 これを聞いた藤田、凄まじいパニックを起こし、タクシーに乗りこむも、凄まじい動転の具合。しかもすぐさま帰って来てしまった。
「なんだい、転がり出して目を回しているよ。水を持ってこい、水。おいおい藤田」
「うわー!!」
「どうしたんだい」
「あ、青山へ行ったらね、あの女はいないんだよ」
 仲間たちはそれを聞くなり吹き出し、

「そりゃそうだろう。乗せないでいっちゃったんだから……」

『落語名作全集五』

 推理小説家の都築道夫の兄で、夭折した鶯春亭梅橋が執筆し、柳亭痴楽が演じたもの。1954年10月2日ときっちりと制作日が残っている稀有な作品である。

 元々、梅橋は三遊亭歌笑にネタを提供したそうであるが、三遊亭歌笑は持ちネタにする前に急逝。その後釜として売り出した痴楽がぜひともやってみたいと思っていた所、梅橋から声をかけられて、願いをかなえた。

 当時のタクシー風俗を巧みに描いたなかなか面白い作品であるが、飲酒運転やらモラルの問題が結構転がっている。 

 また、幽霊が出て来る下りでオチが読めてしまうのも難点だろう。

 痴楽はこのネタを最晩年まで得意とし、レコードやラジオでもしょっちゅう演じるほどのヒット作にまで仕立て上げたが、後年は「さかさのばばあ」のくだりを膨らませてネタにしていた。

 鶯春亭梅橋の貴重な現存ネタとして評価はできるが、通しでやって面白かどうか――

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