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シナそば屋
ある酔っ払い、ちょいと小腹がすいたので道行くシナそば屋(ラーメン屋)をつかまえる。
ラーメン屋が「いい機嫌で」などというと、酔っぱらい「これが機嫌のいい酒か、やけ酒かわかるのか」などと管をまく。しかし、ラーメン屋もさるもので、適当にいなしながらラーメンを作り、客の前に出す。
「こちらに薬味がございますから」
と、コショウの瓶を取り出して酔っぱらいの前に置いた。
酔っぱらい、コショウの瓶を眺めながら何を思ったのかひと瓶全部入れてしまう。
驚いたラーメン屋が「そんなに入れては食べられやしません」というと、酔っぱらいは「なぜ食べられねえものを売るんだ」と逆ねじを食らわせる。
「そんなにコショウをかけては辛くて食べられませんよ」
「コショウは辛いものと決まってらあ」
「そんな辛い物を食べては毒ですよ」
「馬鹿言え。酷寒骨をさす満洲の荒野で、兵隊さんたちはお国のために頑張っておられる。彼らの事を考えてみろ。辛いか辛くないかくらいで驚いてどうするんだ。大和魂はどこへ行った」
酔っぱらいはあれこれと啖呵を切りながら、コショウまみれのラーメンに手つけようとする。
混ぜるたびにコショウが飛び散り、箸を動かすと目鼻にコショウが入り込む。
男はクシャミを連発し、ぼろぼろと涙をこぼすが、「コショウが辛くて涙を流しているんじゃねえ、満洲にいる兵隊さんを思って涙を流すんだ」とどこまでも強情を張る。
ラーメン屋は「およしなさい」と取り上げようとするが、男は「突貫だ!」と一息、ラーメンを思いきりすすった。
コショウが喉にも鼻にも気管にも入り、七転八倒の苦しみ。呆れたラーメン屋が、
「言わんこっちゃない。辛いでしょう」
というと、酔っぱらいはクシャミをしながら、「うう、満州はさぞ寒いだろうなあ」
『落語レコード八十年史』参照
戦前戦後、芸術協会の会長として活躍した六代目春風亭柳橋が手掛けたネタ。「うどん屋」「強情灸」といった古典を張り交ぜにしたような改作落語である。
レコードおよび速記では「シナ」を連発するが、それが当時の表記法だったので表題のみ原文に従った。今ではあれこれ言われそうな作品である。
満州事変前後に作り出したこともあってか、軍歌の「戦友」などといった大陸歌謡がふんだんに使われている。古典的なエッセンスを屋台骨にしていることもあってか、一応には面白いネタである。もっとも、オリジナリティがないといえばそれまでであるが――
今ではやるにもやれないネタであろう。相応に面白いがやるなら普通に古典的な「強情灸」などを覚えた方がいいし、そもそも「ラーメン屋」的なタイトルは古今亭今輔の傑作「ラーメン屋」が今なお語られる以上、両雄並び立たずである。
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