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行商歓迎
最近は少なくなったが、平成初頭くらいまでは行商・押し売りといった商売が普通にあった。アポなしで住宅地やアパートを巡って、商品契約にこぎつけようという奴である。信頼できる会社や店ならば「あちらから出向いて商品を持ってきてくれる」というメリットがあったが、中には半グレやヤクザのような恐喝的な押し売りも多くあり、必ずしも好かれている訳ではなかった。
ある行商人、行く先々で断られて頭を抱えている所、立派なお屋敷の前に立っていた。見事な豪邸で華族や財閥一族でも住んで居そうな風格もある。ダメもとで中に入った行商人、
「行商でございます。便利商会から出ました新案衛生オハチ入れを買っていただけませんか」
と恐る恐る申し出ると、相手は行商の持っているオハチ入れをすべて買ってくれた。喜んでいると、豪邸の家人は「ちょっと話がありますので、家に上がって下さい」という。
応接間に通された行商人、中に入ると富山の薬売りに、貧児院の外交官、暦を売る本売り、亀の子だわし売りの婆さんなど見知った顔が沢山いた。
応接間では立派なお茶やお菓子が振る舞われるが、本売りや外交官は「こりゃ毒薬ではないか。最近押し売りが増えてうるさいってんで、買うふりをして応接間に通して皆殺ししようという算段だ」などと危ない事を言い始める。
商人たちはゾッとするが、お茶もお菓子も普通の味である。そこへ執事がやって来て、「よく来てくれました、君たちの商品はすべてお買い上げいたします。そして今日一日ここで遊んで行ってください、最後に旦那様の浄瑠璃を聞いてやってください」という。
一同「こんないい話があるものか」と喜ぶと、執事は首を振って「先に申しておきますが、うちの旦那様の浄瑠璃はまずい。そのくせ、浄瑠璃好きなので家人や親類を集めて浄瑠璃をお語りになる。これに困っていた所、新しい観客として考えついたのが君たちであります。」と、その計画を明かしてくる。
しかし、ノンキな一同、「なんだそんな事か。ありがたく拝聴致します」と笑って受け流した。
さて、お屋敷を回って、特設会場につくとそこには高座や客席が設けられていた。三味線と口上の声とともに、旦那が上がり、浄瑠璃を語り始める。
演題は『菅原伝授手習鑑』。旦那は意気揚々と語り始めるが、この義太夫はうまいまずい以前に、聞いている人が熱を出し、悪寒で倒れそうというくらい酷い悪声であった。
この酷さを目の当たりにした行商人たちはくらくらしながら「こんなんでは聞かなきゃよかった」とあきれる。
それでも弁当の一つくらい出るのではないか、と期待していると執事と旦那は「物を食べると大義になる。また居眠りの元になるから絶対に出さん」という始末。
すきっ腹で我慢していると今度は体が冷え込んでくる。これに対して旦那は「暖かいと眠くなる、わざと涼しくしているのだ」とこれまたひどい口上。
行商一度が震え出したり、手をさすったりすると「静かに聞き給え」と怒り出す始末。これには行商一同も困ってしまった。
「義太夫はどれくらい続きますか」
「この後に忠臣蔵十二段返しだ」
これを聞いたオハチ入れ屋は、屋敷から飛び出そうとする。
「逃げるのか。逃げたら勘定は払わんぞ」
「勘定なぞいりません。助けてくれ!」
しかし、先回りしていた執事や関係者に取り押さえられて、「この後は奥さんの謡曲とお嬢さんのソプラノ独唱がある!」と連れ戻された。
絶体絶命のオハチ入れ屋、錯乱しながら「お、押し売りは禁令ですっ!」
『主婦之友附録』(1933年6月)
柳家金語楼の弟で新作派のホープと謳われた昔々亭桃太郎が作った作品である。昭和恐慌後に爆発的に増えた押し売りと家人の掛合を、古典落語の「寝床」のようなストーリー展開で描いた作品。
よくも悪くも古典の焼き直し的な色合いの強い作品である。「寝床」が傑作なので一応見て面白いのは、当然なのかもしれない。
押し売りの全盛時代を皮肉ったというユーモア小説的な一面で見れば相応に価値のある噺かも知れない。もっとも今やろうといわれたら難しいだろうが――
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