落語・地球を抜けて

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地球を抜けて

 たいこもちの一八は、なじみの若旦那に呼び出され、いそいそと出かける。
 若旦那が来るように命じたのは羽田空港であった。
「どうしたんです、若旦那」
 と、羽田空港までやって来た一八。若旦那は飛行機の前に立って、
「実は最近飛行機の練習をしていてな、今日は一つ上昇記録を立てたいと思っている。しかし、如何せん一人では寂しいからお前を呼んだのだ」
 という。一八は「上昇の訓練? 空の向こうまで行く? 冗談言っちゃいけない」と怖がって、そそくさ帰ろうとする。そこは若旦那、
「無論、タダとは言わない。乗ってくれるなら百円を祝儀でやろう。どうだい」
 と、祝儀で一八を釣る。金に弱い一八、コロリと機嫌を直し、
「じゃあ、一つ乗りましょうか」
 と若旦那の飛行機に乗り込む。
 若旦那は慣れた手つきで飛行機を動かし始め、空へ空へと上昇を始める。
 いつしか上昇記録の世界一の記録を破ったが、若旦那は「まだ上に行く」という。さらに飛行機を吹かせると、その勢い余って地球を突き抜けて月まで行ってしまった。
 そのまま月の地に降り立った二人、驚いたのは月の住人で、「これが地球の住人か」と酒や料理でもてなしてくれる。
 いい気分になった一八はここで音曲や都々逸を唸り出す。
(ここで音曲の実演が入る)
 たっぷりもてなしてもらった二人は元来た道を戻って地球に帰還しようとする。
 途中までは良かったが、発動機がにわかに故障し、飛行機は機能停止。重力に従って、真っ逆さまに落ち始めた。
 地面がどんどん近づいてくる。高い所が嫌いな一八は震えあがって、
「南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏」
 とお経を唱えるがもう遅い。飛行機は真っ逆さまに墜落して大炎上――
「一八さん、一八さん、困ったね、そんな所で寝ていては。どうしたんだい。そんなに寝苦しそうに」
 ハッと拍子で起きると、いつもの座敷にいる。目の前には見慣れた女将が心配そうに見つめていた。
「あれ、飛行機は? あっしは墜ちたはずだが?」
「まだ寝ぼけているよこの人は。お前さん、ここでずっと寝ていたんだよ。」
「若旦那は?」
「若旦那はお出でではないよ」
「なんだ夢か」
 夢と知って胸をなでおろした一八、ぽつりと、

「夢なら飛行機も怖くないはずだ。」 

『読売新聞』(1936年9月2日)

 三代目柳家つばめが演じた新作音曲噺。当時は月面着陸など夢また夢の話であったにもかかわらず、SF的な要素たっぷりで演じている。

 今見ると荒唐無稽極まりないものであるが、こうしたぶっ飛んだ発想は嫌いではない。当時の人たちはまだ見ぬ月の世界を想像して喜んだことであろう。

 柳家つばめの看板芸が音曲であったことから、話の筋よりも月の宴会での音曲、最後の余興での音曲が主眼に置かれている。

 当時、幻の東京オリンピックが招致された事もあってか「オリンピック」などというぶっ飛んだ音曲を披露している。こういう節操のなさは大好きである。

 一編の新作としても当時としては相当な出来栄え、飛行機、羽田空港、月の世界、と流行りものを入れまくって、ちゃんとSFっぽくしているのは面白く聞いていられる。

 月面はおろか、火星や木星に探査機が飛び交う今日ではありがたみの薄い噺であるだろうが、しかし、「昔の人は月をこう考えていた」としてみるならなかなか面白い噺である。

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