落語・バスガール

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バスガール

 ある夫婦、息子の結婚を考え、仲人を頼むと鶴子という女性を紹介してくれた。
 プロフィールを見ると、容姿は良く、家柄もいい、学歴もある。
 三拍子揃った女を連れてきた。息子はひと目で気に入ったが、父親は訝しんで「なにか悪いところや隠してるところがあるんでしょう?」と尋ねる。
 すると、仲人は「一つだけあります」という。
「傷物ですか?」
「いえ、身体の方はなんともないんですが訛の方がありまして」
「訛?訛なら結構じゃないか。言葉は国の手形というとおり、どこの訛があっても構いませんよ」
「実は職業訛がありまして……」
 しかし、父親も息子も「それくらいは構わない」と、見合いを引き受ける事にする。
 さて、連れてこられた女性を見ると、確かに美しい。
 挨拶を済ませると、件の鶴子は、甲高い声を張り上げて、
「はーい、ありがとーございまーす! 不束者の私をー、お世話くださる方ぁあらば、何分よろしくお願い申しま〜〜す!」
 と、全てがすべてバスガイドの口調である。
 これには親父が驚いて、
「以前はどちらにお勤めですか?」
「は〜い、下関で遊覧バスの車掌をしておりましたので〜」
 などという調子。
 しかし、メリハリが良く、愛想も良い鶴子を気に入った息子は、鶴子と結婚する事となった。
 さて、無事に結婚した二人。男は仲間たちから「いい嫁さんを貰ったじゃないか」と冷やかされる。
 男は照れながらも、
「しかし、バスガイドのクセがなかなか抜けないのでね、お茶を入れてくれといったら『オーライ!』お茶を僕の前に出して『粗茶でございまーす!』と、全編バスガールの口調だ……」
 と、料理を作れば料理の説明を着物を褒めれば着物の柄を全部丁寧すぎる言葉と節回しで話しかけてくる。
 ある夜、男が遅く帰ってきた。
 家に入るも反応がない。妻は一足先に寝ていた。これにカチンと来た夫は、
「疲れて帰ってきたのに何だその始末は!」
 と怒鳴ると、嫁さんはポロポロと泣き始め、
「交通頻繁の宮小路、繁華街を横切って、もしやお怪我なさらぬかと、それを案じながら只今まで一人寂しく待っていたのでございまーす!」
 これに夫も連れ込まれ、
「幹事にまわった日には一時はおろか二時三時遅れることはたまにある。ご承知おき願いまーす!」
「男心と秋の空、変わりやすいと聞きました! 言い訳すればするほどに、怪しく思う私を不憫とお察し願いまーす!」
 こんな不毛な喧嘩を続けていると、隣のおばあさんが仲裁に飛んできたかと思うと、バスガールの口調で、

「犬も食わないこの喧嘩、おやめなさってはいかがです〜! 夫婦団らん円満がいちばんよろしゅうございまーす!」 

『落語名作全集五巻』

 柳家金語楼が執筆し、後輩で盟友の古今亭今輔に与えたモノ。今輔は金語楼のネタを膨らませ、見事なバスガールを演じきって見せた。

 出てくる人物が男の家族、夫婦、同僚、老婆と明確に役が分けられていることもあってか、今輔はこの演目を、「寿限無」や「子褒め」と同じように口慣らしの作品として採用したほど。

 そのためか、弟子筋の桂米丸などは若手の頃に盛んに演じた他、新作派で鳴らした三遊亭歌笑も演じる事があった。新作落語の中でも特に普及したといえる作品だろう。

 特に米丸は、師匠譲りの話術や構成に一層の色艶を加えたそうで、戦後間もない大阪でこれを演じ、喝采を得た。

 この評判に機をよくしたのが、今輔の師匠分であり、落語芸術協会副会長であった桂小文治。周りの反対を押し切って米丸を真打にし、一挙男を立ててあげた美談が残っている。

 バスガイドが廃れた今、このようなネタはウケないにせよ、こういう発想でネタを持ってきたという金語楼の慧眼、そして今輔の作り方のうまさには感服する次第である。

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