落語・法螺貝

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法螺貝

 今日は第3日曜ということで、店の奉公人たちはおやすみ。朝から遊びに出かけている。
 家に残っているのは珍しく大旦那と若旦那だけ。親子水入らず、大旦那は倅に向かって、
「ところで倅や。この家には財産が三百万(※大正当時)近くあるぞ、これを全部お前にやるんだぞ。どうだ嬉しいだろう。」
「へい、でもどういうわけで嫁が来ないのはどうしたわけでしょう」
「28歳にもなって、自分の嫁の世話を親にさせようとはあんまり虫が良さすぎるぞ……」
「では私が好きな女をもらっても良ござんすか」
「いいともいいとも。倅の嫁を親が選んだのは徳川様の時代のことだ。大正の御代にゃ自分の嫁は自分で探していうように、話がわかってんだ」
「それじゃお父つぁん、思い立ったが吉日。三千円ばかり下さい。これから私しゃ嫁探しに旅立とうと思います」
 大旦那は二つ返事で倅に旅支度をさせて送り出す。若旦那は「東京の真ん中では理想の嫁はおるまい」と考え、田舎の山の中に行くことにする。
 大旦那は送り出す際に、
「なりたけゆっくり見つけろ、落ち着いて見つけてこいよ。ついちゃお母さんが死んで七年、俺もまだまだ若いつもりだ。相当なものがあったら俺のも探してくれ」
 と気のいいことを言う。
 さて、若旦那、あっちをうろうろこぅちをうろうろ半年ばかり山という山を歩いたが、思うような嫁は見つからない。
 今日も歩き疲れて、とぼとぼ山の中腹にまで来ると、一軒のあばら家があった。疲れた若旦那、一夜の宿を乞うと中から「いらっしゃいまし、あのどなたでございますか」と、雅な都言葉が聞こえてきた。
 中に入ると、そこには花も羨むような美女が住んでいた。年頃といい、佇まいといい、若旦那の理想そのものであった。
 若旦那は下心を隠して、一夜の宿を乞うと女は快く家にあげてくれた。  
 ますます不思議に思った若旦那、
「一体あなたは誰方とこの家にお住まいで」
 と尋ねると、女は、
「わらわは一人住まいでござります」
 その古風な言葉使いに若旦那「わらわなんて芝居でなくては聞かれねえ」と感心する。
「それではお父様は」
「父上はもう亡くなってから千年経ちます」
 凄まじい返事に若旦那はウヘエと飛び上がる。ますます不思議に思った若旦那、
「ではあなたの名前は」
「小野小町」
「うへ!? 小野小町といえば大昔の話でござんしょ、あなたは何代目の小町ですか」
「わらわは初代の小町でありんす」
 女の素性を知った若旦那は驚いたり呆れたり。まず、その長寿の秘訣を尋ねる。
「そいつは不思議でござんすな、一体どうすりゃ千年も生きていられるんでございます」
「それは京都のヒノメ川にある不老貝をなめれば生涯年をとらぬのでござります」
 小野小町はその秘密の貝を出す。
「こいつはしめた」
 と若旦那、その貝を持ってくるとこっそり舐めてみた。しかし、若旦那は腑に落ちない顔。

「なんでえ、こりゃ法螺貝だ。」

『読売新聞』(1926年5月8日号)

 五代目柳亭左楽がやったネタ。女がホラを吹いているという小咄は結構昔からあったはずである。

「第三日曜なので休み」「自由恋愛」という概念が、大正時代らしいというか、なんというか。

 今となっては貴重な資料であると同時、凄まじい古臭さを感じる。

 オチは結構秀逸なので、後半部分をコンパクトにまとめて、すとんと落とすような形でやれば、まき直しできるかもしれない。

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