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鬼娘
大工の辰さん、腕はいいがしくじりが多く、五年ばかり棟梁の元をどろんして西国にいた。
それから戻ってきて棟梁の元へ挨拶に行くとこれまでの事を水に流してくれた。
棟梁は出入りを許すが、辰さんがまだ独り身であることを惜しむ。その理由を尋ねると、辰さんは「二世を約束した女はいたんですが、金持ちの爺さんとデキてアタシを捨てて逃げてしまった」と惜しむ。
「ひでえ女に惚れたものだ」と同情する棟梁、ふと「お前さん、婿に行かないか」という。辰
さん笑って「からかっちゃいけませんよ」というが、棟梁は本気だという。
話を聞くとある立派な家に住むお嬢様で、資産もあり、顔も良く、性格もいい。
辰さんは自分には釣り合わないと思ったのか、「しかしなにか訳ありなんでしょう」と訝しむ。
すると棟梁、「実はある」。
「夜中に首が伸びて油を舐めるんですか」
「ろくろ首じゃないよ」
「じゃあ、なにかに化けるんですか。尻尾が出てきたり」
棟梁は首を振って「そのワケというのは、結婚すると必ず婿に不幸が襲いかかるというものだ」。
曰く、以前に婿さんをもらったが三年前にぽっくり死んでしまった。その後、何度も婿をもらったが三日で急死をしたり、一月で行方不明になったりする、という。世間は「鬼娘」と呼んでいた。
一部始終を聞いて震え上がる辰さん。
しかし、棟梁が「このままほっておくとお嬢さんはもう亭主を持たないと尼さんになってしまう。お嬢さんを子供の頃からお育て申した乳母さんは心配して子供の顔が見たいという」といい、「いい女だぜ」と甘い言葉に釣られてお見合いする事となる。
家に上がった辰五郎、その美しさに飛び上がり「私は死んでもいい」という始末。
棟梁が口を利いて二人は結ばれたーーが、辰五郎は三ヶ月後に家出をしてしまった。
そのことを聞いた棟梁はお嬢様の家にわびに行くが、お嬢様はなぜ家出をしたのか詳しく言わなかった。
そして、三年の時が過ぎた。
棟梁の家にやってきた一人の紳士。洋服を着込んでいるのでよくわからなかったがよく見ると件の辰五郎。
棟梁は辰さんの顔を見るなり「せっかく縁談の面倒を見てやったのに夜逃げをしたな。それでよく俺の家に来られたものだ」と激怒し、先日の非をなじる。
辰さんは「誠に申し訳ない」とただただ平謝りするばかり。
しかし、結婚相手が相手だけあってか、棟梁は辰さんに「まあ無事なら何よりだ。それよりも聞きたいことがある」と家にあげ、
「あの家で何があったのか教えてくれ」
と尋ねる。
すると辰さんは悲しそうに、嫁ぎ先の一件を話し始める。
「実はあの娘の親父さんというのは理学博士とか言う偉い学者だったそうですが、毒草を研究していてわあのガラス張りの温室の中で毒草を育てていたんです。学者とは我々と違うと見えて『どんな毒にも耐えられる強い人間を作ってみよう』と、娘が生まれるや毒を薄めて摂取をさせ続けたそうです。だんだん大きくになるにつれて毒に強くなり、しまいにはどんな毒にも負けないようになってしまったが、その代わりに娘さんの体そのものが毒になってしまって、フッーと息を吹きかけるだけで飛んでる蝶が落ちてしまう」
辰五郎は「結婚したのに相手がずっとそっぽばかり向いている、一緒に寝てくれない。変な女だと思ったが一月ばかりしたら自分の体が徐々に弱り始めていました」といい、このままでは死んでしまうと思った娘と乳母さんは、辰五郎に「この縁はないものと諦めてほしい。代わりにこの秘密は三年は漏らさないでほしい」と、離縁を頼み込んだ。
背に腹は代えられない辰五郎は、二人に涙の別れをして嫁ぎ先を飛び出した。
それから娘との真実を胸に三年ばかり遠い国へ行っていたが、やっと決心がついたので戻ってきたという。
一部始終を聞いた棟梁は、
「なるほどそれですっかりわかった」
としきりにうなずく。
「お嬢様はどうなりました。尼さんになってしまいましたか」
と、辰五郎が尋ねると、
「いや、今度の婿は達者も達者。先日子供まで授かった」
という。
「え、一体どこの何者なんですか?」「ドクトルだ」
落語研究家・今村信雄が執筆し、四代目柳家小さんが演じた新作。全体的に明治風の匂いが漂う一作である。
凄まじい傑作でも問題作でもない、よくも悪くもない新作――という形であるが、ある落語史に残る事件に遭遇することによってこの落語は永遠に記録される事となった。
1947年9月30日、上野鈴本で行われた余一会に出演した柳家小さんは、この「鬼娘」を演じる事となっていた。
高座に出るなり、いつもの口調で話し始めたがどことなく覇気がない。関係者は「珍しいことがあるものだ」とみていたがオチまで何とか演じ切り高座を降りた。
高座着を脱いで、袴を入れようとした矢先、小さんはぐらりと前のめりになって倒れた。楽屋は騒然となり、近くにいた事務員の高橋栄次郎が膝枕をして、様子を見た。
それと同時に、偶然寄席にいた医者の松橋氏を楽屋に引き連れて来たが、既に事切れていた。死因は脳出血であったという。
この時現場にいた若い記者が後の小島貞二であり、この時前座としてアレコレ身の回りの世話をしていたのが先年亡くなった三代目三遊亭円歌であった。
小さんの亡骸を自宅まで運ぶべく、交通事情の悪い中で人力車を呼んで楽屋からそっと出した。この時、小さんの亡骸を背負う役になったのが小島貞二であったというのが何かの因縁か。
この名人が死ぬ直前に演じた落語――という形で、『鬼娘』は永遠に記憶される事となった。タイトルの通り、どことなく不気味さを漂わせる話ではないか。
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