落語・扇風機

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扇風機

 ある会社に勤める斎藤という男。
 家に帰るなり、妻に「相談がある」と話を持ちかける。
 曰く、社長がクーラーを買ったので、長らく使っていた扇風機が不要になった。それを君にあげようというのである。
「扇風機をタダでもらえるなんてすばらしい。もらえるなら1ダースくらい貰いたい」
 と喜ぶ妻に、男は「そう簡単に言うが、そう簡単にもらえるモノじゃない」と、実は社長の手前「昨年買いました」と見栄を張ってしまった。これは一種の謙遜で、社長から「もう一つあっても困らんだろう」と押し付けられたら、これをありがたく受け取る――という社交辞令だったらしいが、
「社長は春の夕暮れだ」
 とボヤく。心は「なかなか暮れない(くれない)」。
 いまさら嘘というわけにもいかず、困っている男に社長は「そういえば君たちは今年で結婚三周年だね。新居も買ったそうじゃないか。私も仲人をした身の上。今度の日曜日、家を訪ねていいかね」と提案をする。男はそれを承諾してしまったが、肝心の扇風機がない。
 夫婦で思案している間に、約束の日曜日になってしまった。
 結局、夫婦は「扇風機がない」と思わせないため、電気屋に無理いってモーターの壊れたボロの扇風機を借りてくる。
「こんなボロ借りてどうするの」
「唐紙の間に少しだけ顔を覗かせて、君が仰げばいい」
「でも、モーターの音がしないと変だと思われるでしょう」
「最新式のは音がないといえばいいだろう」
 と、とんだ小細工をしてその場をしのごうという算段。さらに、風鈴をならせば少しは涼しく感じるだろう、と風鈴の先に糸をくっつけ、その糸の端に鰹節をぶら下げる――こうする事で猫がイタズラして、風鈴が鳴るように仕組みはじめた。
 そうこうしている内に、家のベルが鳴り、社長がやってくる。
 社長はニコニコと夫婦円満の様子に満足し、家の内装を褒め始める。
 男が話を聞いている内に、裏では奥さんが猫をあやしたり、ウチワで仰いだりと大騒動。
 しかし、付け焼刃の対応が当然上手くいくはずもなく、猫は風鈴を食いちぎり、扇風機のトリックまで見破られてしまう。
 恐縮する夫婦に、社長は笑って、
「実はな、ここに来る前、君たちの結婚三周年を祝して電気釜を贈ろうと電気屋に寄ったんだ。ついでにうちの扇風機も分解掃除を頼んだら、電気屋が『壊れた扇風機を借りていった人がいる』というんだ。話を聞いたら君の事じゃないか。」
 更に社長は、夫婦が扇風機を持っていないことを部下から聞いて知っており、改めて、
「電気釜と扇風機を贈ろうじゃないか」
 という。喜ぶ夫婦を前に社長は、
「しかし、おどろいたな。君の部屋にいると、太陽が西から上って東に沈み、風がないのに風鈴が鳴り、しかもモーターが壊れていても扇風機がまわるとは、なかなかセンスがあるよ」
「いいえ、センスではありません。妻がウチワで仰いでおりました。」

『新作落語傑作選集』より

 笑点でお馴染み、春風亭昇太の師匠、春風亭柳昇が演じた作品。作者は栗山すすむ。

 長らく珍品として音源があまり出回らなかったが、最近復刻されて買えるようになった。興味ある人は上のリンクを覗いてみてください。

 高度経済成長期のサラリーマン家庭の悲喜劇を巧みに取り入れたもの。今日では古臭い部分もあるが、風俗史料としてはなかなか面白い所がある。

 春風亭柳昇は自身のとぼけた話術や掛合が、この話の若夫婦とあっていたのを任じていたのか、クーラー全盛となった平成以降もたびたび演じていた。お気に入りの演目だったようである。

 内容としては優れているが、やはり春風亭柳昇というよき演者を持って、傑作となった作品であろう。柳昇一代の傑作であった、というべきか。

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