落語・そこつの電報

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そこつの電報

「そそっかしい」事を「粗忽」と昔は言ったが、そそっかしい人はこの世にたくさんいる。またこのそそっかしい人が出てくるから、落語の種になる。
 ある会社の社長、名古屋へ出張に行く事となり、部下の誰かを連れていくことにした。社長の目にとまったのは山田という社員。
 会社のムードメーカーで、面白い奴だという山田。社長は「堅苦しい奴よりも明るい奴がいい」と山田を抜てきするが、周りは「山田は底抜けにお人好しで、いい人ですが、そそっかしいのが悪いところ」と忠告する。
 社長は忠告を気にする事なく、山田をカバン持ちに任命し、名古屋へと旅立つことになった。
 出張当日、東京駅に山田がやってくるが案の定チケットを忘れる。「そそっかしいな、チケットを買ってきなさい」と社長に言われて、列に並ぶ。
 なかなか帰ってこないので、社長が心配していると「列を並んで居るうちに、いつの間にか皇居の列に並んでいた」という始末。社長は呆れるがなんとかチケットを買って、電車に乗り込む。
 しかし、電車の中でも粗忽を連発し、回送列車に乗り込む、カバンを置き忘れそうになる、切符確認で切符をなくして慌てるが、ずっと手の中に握っているなどと、社長はその粗忽ぶりに呆れながらも「面白い奴だ」と評価をする。
 名古屋について旅館に到着する。一息ついた矢先に電報が届く。それを見ると「アニキトク……」とある。
 これを読んだ山田は「社長のお兄さんが亡くなったのか」と青くなり、風呂から出て来た社長に「お兄さんが亡くなられた」と報告する。
 社長は驚いて電報を見せるように言うが、その電報をどこにやったか忘れてしまった。「家に電話をしろ」と命じるが、山田は相変らずの粗忽っぷりでロクに連絡を取れない。社長は堪忍袋の緒が切れ、「部屋に戻りたまえ!」と怒鳴りつける。
 部屋に戻ると、ないはずの電報が出てきた。よく見て見ると「アニキトクスグカエレ ヤマダジロウ」とあった。山田次郎とは山田の兄の事、電報は山田宛に来ていたのである。
 己の粗忽を知った山田は真っ青になって社長に詫び、「本当に申し訳ない、この責任をもってクビを……」と泣きながら謝罪する。
 一方、社長は首を振りながら、
「いや、その必要はない」
「どうしてです?」

「そもそも私には兄貴がいなかった」

『百万人の映画館』より

 春風亭柳昇の自作自演の古典。古典落語の「松曳き」によく似ているが、この作品を焼き直して現代調にしたもの。これは柳昇も認めていたという。

「松曳き」は粗忽な殿様と粗忽な三太夫のお話しで、三太夫が「国表において御貴殿様姉上様、御死去」という自分の姉の訃報を、殿様の訃報と間違えてそれを伝えてしまう。殿様は三太夫の落ち度を責め、三太夫も間違いに気づいて切腹をしようとするが、その直前に殿さまが「三太夫待て、よう考えたら余に姉はいなかった」と、両方粗忽だったというオチがつく。

 柳昇や関係者の話によると、「戦争で指を失い、また口も重い自分は古典を上手くこなせなかった。新作を志したが、まだ入門して間もない自分がいいネタが書けるはずもない。そこで思いついたのが古典落語の焼き直しであった」そうで、「松曳き」を下敷きにして、「粗忽の電報」。「子ほめ」を改作して「課長の犬」などと、後年まで演じた佳作を作り上げている。

 課長の犬に比べると、電報という今は古い文化がはさまっているせいか、アナクロニズムに感じられるが、元の「松曳き」が面白い為に相応に出来上がっている。

 柳昇は、粗忽同士の底抜けの会話を、さも当然のように飄々と演じたそうで、観客はひっくり返って笑ったそうである。

 これは完全な余談であるが、今の昔昔亭桃太郎氏は、この粗忽の電報の面白さに感銘を受けて、柳昇の弟子になったという。高座で言っていたのでは、「柳昇と米丸師匠、どちらかに入りたいと絞ったが、粗忽の電報という話を聞いて、その話が面白かったから柳昇門下になった」とか何とか。

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