落語・帝国浴場 

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帝国浴場 

 さる大店の若旦那の伊之助、あまりにも道楽が過ぎてお決まりの勘当。
 知り合いの棟梁の家に転がり込んだが、仕事もせずにゴロゴロ。これには職人夫妻も呆れて、
「お前さん、何もしねえで遊んでちゃ毒ですよ」
 と、若旦那に説教をするが、糠に釘。若旦那は相変わらずの調子でヘラヘラ笑ってる。
 棟梁は、一筆したためて、
「この手紙を日本橋上槇町の奴湯の主、鉄五郎さんに持っていきなさい。この人は江戸っ子で面白いんだ。私も世話になっていたし、ちょっと行ってご覧なさい。」
 と、奉公を勧める。手紙を受け取った若旦那、たばこ屋を冷やかしながら、なんとか奴湯にたどり着く。
 鉄五郎は若旦那を迎い入れ、「悪いようにはしない」というが、若旦那は「年俸ですか、月給ですか」と気楽なことをいう。
「はじめは外回りか、煙突掃除だ」
 という話に「菊五郎や羽左衛門はそんな事をやらないだろう」と駄々をこね、番台に座りたい、という。
 鉄五郎も呆れながら、番台から降りて、
「一つ頑張ってくれ」
 と、外に出ていってしまった。
 番台に座った若旦那、女湯に誰か来ないかと期待するが、来るのは野郎ばかり。
「カバがじゃがいも食ったような顔のやつが来た」
「夜店のゆで卵みてえなやつだ」
「軍配団扇みたいな男が来たな」
 と、ブツブツ文句を言っていると、風呂場から「中で洗濯してるのがいる」などとクレームが入る。
 若旦那、
「これが本当の節倹家だな。こういう人は、賞勲局からキンシュク勲章なんかもらうよ。しかしこんな洗濯されては困る。5銭ではもったいない。みんな中に入れて上から蓋をして炭酸ソーダーを入れて茹でてしまうか」
 客たちは驚いて、 
「おいおい、大変なやつが来たよ。やい、炭酸で茹でられてたまるかい!」
「心配ご無用。銭湯人を殺さずというから」
 と、言う答えに若旦那は客からどやされる。
 男の短気さに嫌気が差した若旦那は、
「一つここを帝国浴場にしたらどうだ。男入れない。女だけ。入湯料は五十円くらいにすれば治安も良くなるだろ。建物は白レンガのビルディング、中に入れるのはご令嬢やどこそこの奥さんばかり……」
 ありもせぬ妄想を始め、
「こうなったら番台にも大礼服か何かで座らなきゃいけなくなるだろう。三助は燕尾服に山高帽……こんばんは、おや、前田様の奥様。ご機嫌うるわしう。あら、こちらは徳川様のお嬢様。お元気で何よりで。そちらは三井財閥の奥様……」
 などと、前田家や徳川家や三井家といった華族や財閥から引っ張りだこにされる自分の姿を思い描く。
 そんな事をすべて口にしているものだからたまらない。
 客の一人が妄想にふけっている若旦那をひっぱたいて、「馬鹿野郎! 婦人会の様子を聞きに来たんじゃねえ俺たちは!」。

 そして、玄関を指さし、「俺の下駄がない」と怒り始める。
 若旦那はグチグチ文句を言いながら、「この駒下駄をどうぞ」。
「これはお前のか?」
「いえ、あそこに入ってるお客様ので」
「俺が勝手に履いて行ったらその客が怒るだろう」

「怒ったらその次を履いてもらいます。順々に履かせて、一番終いには裸足で帰します」

『昭和落語名作選集』

 四代目柳家小さんが演じたネタ。オチからわかるかもしれないが、元ネタは古典落語の『湯屋番』。

 本来、湯屋番の番台に座った若旦那はどことなく江戸っ子の遊び人の気質を漂わせるのだが(当然といえば当然だが)、ここではモダンボーイ、近代的な遊び人で描かれている。

 洒落が上手いとうたわれた柳家小さんらしく、お客を「カバがじゃがいも食ったような顔のやつが来た」などと、警句を込めて毒づく所に価値があったようである。

 そして、帝国浴場と称した一大プロジェクトを妄想する所も、また眼目だったのだろう。

 しかし、こう見てみるとやはり『湯屋番』には劣る。そもそも銭湯が身近ではなくなった今日、ノスタルジックを感じる『湯屋番』のほうがよろしいようである。

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