落語・月賦幽霊

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月賦幽霊

 月賦というのは今でいうローンの事である。月々決められた額を払い、満期になるまでそれを繰り返す。
 ある夜のこと、男やもめの目の前に「うらめしや」と幽霊が現れる。男は肝を冷やすがよく見ると、去年の夏、死に別れた妻の霧子。
 びっくりしていると、妻は「葬儀を安くごまかしたでしょう。あの世へ行った時、肩身が狭くて大変だった」とぼやき始める。妻曰く、「霊界には何でも見通せるテレビがある」そうで「自分の葬式を見ていたけど、葬儀を月賦払いってどういうこと。一周忌経ってもまだ払い終えてないとかありえない」と男をなじり始める。
 夫は「工場をクビにされて、月賦が払えない」と詫びる。すると、霧子はすっと白衣の前をあげると、一本の足を見せる。
「あんたが月賦を払わないから、死んだ扱いにもされず、足が一本残されているのよ。おかしいでしょ、幽霊のレギュラーにもなれないのよ」
 霧子は夫の体たらくを責め、「早く幽霊になって成仏がしたい」とぼやく。
 そこへ葬儀屋が月賦の回収にやってくる。「いい所に来た」と喜ぶ霧子とは裏腹に、夫は嫌な顔。
「ずっと月賦を滞納しているからいい顔をされない」と家の隅に隠れ、霧子にむかって「悪いがうまい事断ってくれ」と情けない事を言う。
 足を隠して葬儀屋の前に出た霧子。相手は幽霊であるとは気づかず、「今日こそ払っていただきましょう」と強気の態度。葬儀屋によると「ひどいもんで、最初の一回しか払ってもらってない」。
 霧子は夫の金銭感覚に呆れるが、無い袖は振れない。
「違う所に行けばありますが……」
「じゃあ取って来ていただきたい。どこですか?」
「ええ、十億万土のある西方の国で……」
 すると葬儀屋、出てきた女の顔を思い出し、「あ、あんたは昨年死んだ奥さん!」と、腰を抜かさんばかりに家を出て行ってしまった。
 奥から夫が出て来て、「いや、助かった。ずっとこうしていてくれ」というので、霧子は「バカおっしゃい」とあきれる。
 しかし、夫は無職で再就職の目途が立たず、頼る親類もない。頭を抱えていると、霧子は「決めた。幽霊姿でホステスに出るわ」という。
 夫は呆れて「ホステスは生きている人間がやらなきゃいけないだろう。幽霊を雇ってくれるか」というが、霧子は「やってみなきゃわからない」と、そのまま店へと行ってしまった。
 幽霊も幽霊なら店も店で、なんと霧子の採用が決まってしまった。霧子はチップもご祝儀もたくさんもらえる人気ホステスとなった。
 一方、月賦を返せば返すほど、幽霊に近づいて身体がなくなっていることに気が付く。
 三か月分の月賦を返すと、足がなくなり、半年分の月賦を返すと上半身がなくなった。
 仕方がないので、霧子は着物を新調して、足を隠すようになった。しかし、それも限界が来て、遂に上半身だけになってしまった。
 それでも貪欲な霧子は、「顔だけで出来るモデルをやるわ」などと金を稼ぎ、遂に月賦全額を自分で支払って見せた。
 完済満了の日、霧子は夫に金を渡し、葬儀屋に託すと、はらはらと体が消えていく。
「元気でね」
「お前もな」
 二人は、涙ながらに別れを告げあい、夫は霧子の後生を弔おうとする。
 まばゆい光が彼女の身体を包んだかと思うと、霧子は何処にもいなくなった。
「ああ、成仏したか。申し訳ない事をしたなあ」
 夫がほろりと呟くと、後ろから、
「アナタ」
 と聞きなれた声がする。誰でもない霧子であった。
「お、お前もう化けて出たのか」

「いえ、着物の月賦がまだ残っていたんです」

『百万人の映画館』より

 芸術協会の新作派で奇才の三笑亭笑三が演じた作品。高度経済成長期に大流行した「月賦ブーム」を面白おかしく茶化している。

 月賦は戦前から存在しているが、高度経済成長期に一種の流行ともいえる月賦制度が確立された。安定した給料アップと家電革命、更には娯楽の多様化などで、月賦を使う人が増えたからである。

 当時、月賦をやり繰りしながら、高い家電を買ったり、服や家財を買うのが一つの流行であった。漫才や落語でも「この衣裳の月賦が払い終わってない」などといじられたり、自嘲するのが一つのテンプレートであった。

 月賦がローンへと置き換わった今、些か伝わりづらくはあるが、「葬儀を簡略にした上にローンもろくに払わなかったら成仏し損ねた」という発想は面白い。

 今日ならば、メイド喫茶やVtuberにでも妻を就職させたら面白くなるのではないだろうか。

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