関東大震災で死んだという東家楽右衛門

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関東大震災で死んだという東家楽右衛門

 人 物

 ・本 名 井上 高次郎
 ・生没年 1884年~1923年9月1日?
 ・出身地 ??

 来 歴

 東家楽右衛門は戦前に活躍した浪曲師。東家楽燕門下の新鋭であったというが浅草出演中に関東大震災に巻き込まれ、圧死を遂げたという。その犠牲者として僅かに名を残している。

 経歴等は不明。生年と本名は『芸人名簿』より割り出した。

 明治末に入門したらしく、大正中頃に看板披露か。当時の広告を見ると、楽燕や楽遊に従って前読みを勤めている様子が確認できる。

 1920年代に入ると、浅草の劇場などにも出てくるようになる。師匠の楽燕とは違った生粋の関東節だったそうで、結構うまかったという。

 1923年9月1日、浅草の十二階演芸場出演中に関東大震災に罹災。出演していた十二階こと、凌雲閣が大きなダメージを受けて倒壊したため、それで死んでしまったという。

 正岡容は『異版 浅草燈籠』の中で、

 大正十二年九月東家楽右衛門を名乗る楽燕門人の浪曲師がこの小屋へ出演してゐた時、偶々関東大震災、十二階倒壊の犠牲となつたと聞いてゐるが、その楽右衛門は全く私の記憶にはない。なぜなら小亀はげ亀梅坊主など私の終生尊敬脱帽してゐる名流諸芸人たちは、最早そのころ十二階演芸場の出演者ではなくなつてゐて、私はこの高塔下の娯楽場へ杖曳くことがなくなつてゐたからである。終りに私には左の拙吟がある。

 と回顧している。これが唯一の情報か。

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