落語・天一坊

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天一坊

 あつらえの鳴り物と共に舞台が開くと、舞台いっぱいの海の風景に、真ん中に御座船が設置されている。場面は「桑名沖の場」。
 舟の上では執権・北条時頼の弟、北条時定が愛人・高圓太夫に見守られながら休息している。
 時定は目を覚ますと、忠臣・成沢隼人が出てきて、
「我が君様、お目覚めでござりますか」
「そちやはや……」
「この度は大内御門に現れたる変化の猫を退治して、錦の勲。誠におめでとうござりまする」
「変化の猫を退治したるは余の力だけではあらず」
「いやはや、島原遊郭より引き出したる傾城・高圓もお気に召されたとの由、ご機嫌喜ばしう次第」
 二人が語り合っていると、そこへ「下にいろ」という蛮声が聞こえてくる。
 何かと思っていると、花道からあかっつらの山蔭玄蕃が、法澤という青年をしょっ引いてくる。この法澤が後の天一坊である。
「あやかしがついた小河童のようなやつ。殺してしまえ」とイキる玄蕃を制した隼人、法澤を尋問すると、
「私は岡崎在の百姓与次兵衛の倅、与之助というものにございます。幼いころ別れた一人の姉を訪ねてはるばるここまで参りました」
 これを聞いて驚いたのが高圓太夫。「弟よ」と声をかけようとしたが、お歴々の前でうまくいえず、隼人に目配せして、「まず我が君様には座を変えてご一献致しましょう」と、奥へ引っ込ませる。
 舞台に残る法澤と高圓太夫。高圓太夫は法澤が弟である事を尋ねると、法澤は「肩身の片袖」と懐から証拠の品を取り出す。この片袖に見覚えのある高圓太夫は「紛れもなく弟」と感激し、「どうしてここまで参った」と尋ねる。
 すると、法澤は一枚の手紙を取り出し、姉に見せる。
 その中には、家族は年貢の未払いを支払うために高圓を島原へ売ったが、百両の返済が必要となった。更には父親が病気に倒れ、その薬代も必要になったという惨状が記されていた。
 高圓太夫は「哀しい事じゃ、しかし、わらわもやっと自由になった身で百両はない」と嘆く。そこへ隼人がやって来て、「その一部始終、聞き届けた」と、法澤を慰め、大金を渡す。
 これを見た高圓太夫は喜んで、「早く両親にいい返事をしてあげてくれ」と見送る。法澤も何食わぬ顔で帰ろうとすると、隼人が「こりゃ待て」と呼び止める。
「そなたは本当に与之助に相違ないか」
「何で偽りを申しましょう」
「高圓太夫の弟ならば侍に取り立ててやろう。まずこの墨付を受け取れよ」
 と、墨付を渡し、読むように命じる。法澤は何食わぬ顔で読み始めるが、知っているはずの父親の戒名が読めず、更にそれを見落とした。
 これを見た隼人はすかさず、「真の兄弟ならば戒名を読めるはず、何故それを見落とした!」と一喝し、「大騙り者め。そこを動くな!」と、部下を呼んで彼を取り巻いた。
 取り囲まれた法澤は、高笑いを浮かべたかと思うと、「
こうなる上はすべてぶちまけてやらあ。俺の名前は近江の国は横田川の法澤。この二つの形見とやらはお伊勢参りに来た小河童を絞め殺して得たものさ。金を得ようと狂言を仕組んだが、バレてしまっちゃしようがねえ。」
 と、捕り手を相手に大車輪の活躍を示し、最後は船から飛び降りて脱出する。
 これを見ていた観客たちは「いよ、千両役者!」と大盛り上がり。
 そんな舞台を見ていたおとぼけの二人組、
「法澤ってのは偉い奴やなあ」
「えらいもんや。こいつは後に天一坊と名乗って天下になるやつだ」
「なに、てんかんになるやつだ」
「アホ、なんで天一坊がてんかんにならなあかん。天下やがな」

「そやかて、大岡様の前では泡を吹くやないか」

『読売新聞』(1933年7月5日号)

 初代の桂小南が演じた古典落語。いわゆる「芝居噺」というやつである。それも道具やら鳴物を入れる本格的な芝居噺の部類に入るだろう。

 この小南という人は奴凧の踊りばかり取り上げられるが、元々関西の噺家であった事もあってか、古い芝居噺を知っていた。上方落語が衰退する中で、平然とこの手の芝居噺をかける事が出来たのは、この小南くらいなものである。

 地盤は東京であったが、この時に演じた芝居噺やネタの数々が、東京の大学に通っていた桂米朝を通して現在に復活、継承される所となった。

 演題は、芝居でも講談でもおなじみの『天一坊』。法澤という坊主が、徳川吉宗のご落胤と偽って国家転覆を目論むも、大岡越前に見破られて処刑されるというサスペンス的な話である。

 芝居噺とあるだけに、話の面白さは二の次で、芝居の形や声色をそれらしくみせる所に肝があったといえよう。歌舞伎芝居見物が大掛かりな娯楽であった当時、こうしたミニチュアの芝居噺が、庶民に「恰も歌舞伎を見てきたような満足感」を与えていたのである。

 それだけにオチはとってつけたようなもの。てんかんは泡を吹く――という病気を揶揄したもので、今日はまずこのオチでは無理だろう。

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