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花売娘
人生行路の敗北者、希望も恋も愛着も、ただ一片のパンに代え飽くなき搾取と絶望の果てしなきゆく群れの中、しおらしや涙をそそる花一輪、その名も優し原君子、流転の波と宿命のムチに打たれてトボトボと闇の彼方に消えて行く。後ろ姿の一篇の悲哀に綴り今語る花売の物語――
貧乏車夫の巳之吉はある夜、天王寺の電気旅館の薄闇の中で赤ん坊を見つける。
まだ息のある赤ん坊、これを家に持ち帰って確認すると「養育費五十円」が転がり出てきた。
巳之吉は五十円の金に目がくらみ、女房お豊とともに養育する事となった。
かくて巳之吉夫妻に育てられたこの赤ん坊こそ、原君子であった。
貧民窟という中でめげずに生きて、利発で親孝行なことから、周りからは「いい子だ」「賢い子だ」と褒められるようになる。
一方、巳之吉夫妻にはもうひとり子供がいた。二人の間にできた子で名前は長太郎。惣領息子であるが大変なバカ息子で、親妹にわがままばかりいう。
しかし、「馬鹿な子ほど可愛い」とやら、巳之吉夫妻はこの長太郎がバカになればなるほど溺愛し、利発な君子に辛く当たるようになる。
3度の食事が2度となり、暴力や理不尽が横行、挙句の果てには花売り娘として親方のもとに売り飛ばされてしまった。
破れた素襖一枚で夏でも冬でも、「おじちゃんおばちゃん、私のこさえたこの花をどうぞ求めてちょうだいよ」と節をつけて道行く人に売ろうとする。しかし、幼い娘のこと、そう簡単に売れるものではない。
そんなある日、公園の近くで花を売っていると水兵服を着た裕福そうな男の子が「その花ほしい」とねだりはじめる。
君子は「売り物だから」と困っていると、その子の母親、静子がやってきて花を買ってくれた。
花を買いながら「なぜこんな若い身空で花売りなどやっているの」と、静子が尋ねると、君子は泣く泣くこれまでの経緯を話し始める。
その経緯を聞いた静子は心の中で肝を潰さんばかりに驚く。目の前にいる君子こそ、8年前に捨てた実の娘であったからである。
8年前、女給をしていた静子は雪村博という青年と恋に落ち、子供を授かってしまった。しかし添われぬ事情があり、養育費を入れて天王寺に捨てたのであった。
母娘の名乗りをしようにも、今や夫も子もある身の上、母親とは名乗れない。
静子は胸の中で泣きながら5円を手渡す。しかし、君子はこれを受け取らず「おばさんがお母さんのような気がするから、お宅まで連れてってほしい」とせがむ。
返答に困っていると、一人のルンペンがフラフラやってきて、
「奥さんがいくら泣いたところで思案はつきますまい。私がこの子の世話をするから二千円ください」
と、金をせびり始めた。
静子はカッとなり、「何をおっしゃるのです。脅迫するつもりですか」と言い返すと、そのルンペンはますます高圧的になり、静子に近づいたかと思うと、
「貴様までもが見忘れるようなこんなみすぼらしい姿に誰がした。俺だ、お前のために一生涯を潰した雪村博の成れの果てだ」
と、その正体を明かす。思わぬ元恋人の出現に静子は腰を抜かさんばかり驚く。
博は静子に向かって「これまでの事は水に流してやってもいい。ただ、お前とこの君子を連れて満州まで逃げるのが条件だ」と脅す。
静子はこれを拒絶すると、博は逆上し、隠し持った匕首で静子を刺殺する。血を噴き出して卒倒する静子。
静子が死んだのを見届けた博は君子と静子の息子、正雄に向かって、
「おい正雄さん。あんたのお母さんはもう一生帰らないよ。君さん、正坊、さあ行こう。お前たち二人はまた誰か親切な人でも出てきて幸福になるだろう。おじさんの行くところは冷たい断頭台だ。二度と帰らない長い長い旅の首途、そこら辺まで送ってもらいたい」
という。そして、博はかけつけた警官によって確保され、刑務所へと送られる。
目の前で産みの母に会いながら、名乗り合うことができず、悪魔のいたずらに翻弄されて母は死に、父は監獄に繋がれ、二人の子供だけがただ厳しい世の中に取り残された。無常の風にちらされるばかり。『花売り娘』の一席。
初代天光軒満月がやった「現代悲哀モノ」の一つ。満月は切々たる節とリアルな演技や語り口で多くの聴衆の涙を誘った。
花売娘という概念こそなくなってしまったものの、今日も家庭的な不和やDVで、パパ活をやったり、危い商売に手を出して破滅する青少年がいる事を考えると、なかなか侮れない話ではある。
浪曲だけではなし、仕立て直して演じたら意外に共感を呼べるのではないか、と思ったりもする。
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