法廷に咲く花
『読売新聞』(1936年12月28日号)
ここは石川県金沢の地方裁判所。
その大法廷に引きずり出されたのは夫、水島直樹を殺したという嫌疑をかけられた水島泰子。
泰子は証言の席に連れて行かれる中で、夫殺しの記憶を辿る。
ある雪の日、家の近くで倒れ込んだホームレス。ホームレスは大変な病を患っていたが、雪ということもあって誰も相手にしない。
そこに泰子がかけつけて、優しく介抱した。
そこまではよかったが、その介抱中に帰ってきたのが夫の直樹。
嫉妬深く暴力気質のある直樹は、その妻の姿を見るなり不倫と勘違いして激昂。
どこからか、拳銃を取り出し「ぶち殺してやる」と泰子を追いかけ回した。
しかし、揉み合っているうちに直樹は自分を撃ち抜いてその場で死んでしまった。
その銃声を聞いた人々によって通報され、哀れ泰子は「夫殺し」の罪状で裁かれることとなった。
様々な審議が終え、最後に検事が弁論を行う所となった。ここででっち上げられれば、彼女は「主人殺し」として死罪も免れないだろう。
人々が固唾を呑む中で、検事原健一が台に立った。
原検事は「彼女は二十年前に哀れな欠食児童のために、弁当を分け与え、子供を救ったという記録があった」
「その優しさはルンペンを助けたという証言からもわかる」
「被害者水島直樹は人格的な問題や嫉妬深い性質があった」
と殺人の周辺を読み上げていき、
「よって水島直樹が銃を持ち出したという被告の証言を嘘偽りとは考えられない。彼女の行為は正当防衛であり、適応は業務上過失致死傷罪である」
と、結論づけた。
裁判長たちもその滔々たる弁説に納得し、「過失致死傷罪を適応し、罰金刑に処す」と事実上の無罪を勝ち取った。
即日放免となった泰子は原に感謝をしながら、家へと戻っていった。
それから間もなく、彼女の元に件の原検事から手紙が届いた。
驚きながら封を切ると「仕事ではなく個人的に会って話をしたい事がある」という旨が記されていた。
先日の弁護の例も兼ねて原検事の家を訪ねた泰子。
原は泰子を迎えるなり、衝撃的なことを口走る。
「泰子さん、いや、川畑泰子さん。私をお忘れですか?」
とうの昔に変えたはずの自分の旧姓が出てきて驚く泰子。しかし、どうしても思い出せない。すると、原は床の間を指差す、
「あの弁当箱に覚えはありませんか?」
そこにはボロボロの弁当箱が大切そうに飾られていた。
それを見て泰子は驚愕する。
二十年前、欠食と貧困に苦しむ少年に手渡した自分の弁当箱であったからである。
「あなたはもしや……」
「二十年も昔、欠食と貧困に苦しみ泣いてばかりいた原健一です」
原は深々と頭を下げて、あの時に泰子が温かい弁当を授けてくれたおかげで、自分は死なずに済んだ。
そして、世の中には優しい人がいる事を知り、希望を知った健一少年は世の中のために、人のために猛勉強し、検事へと出世したのであった。
泰子は二十年も昔、ほんの同情心で救ってあげた子供が、巡り巡って自分の命を救ってくれた因縁に涙をする。
そして、原の手を握っていつまでも温かい涙を流し続けていた。
天光軒満月が実録的に仕立てた感動ドキュメンタリー浪曲を元にする。
情けは人の為ならず――ではないが、小さな小さな心がけが大きな恩となってくる、というお決まりの形である。
下らないといえばそれまでかもしれないが、不思議なリアリズムがあり、嫌いになれない。
ただ、あくまでもひと昔の話という評価に留まるか。
他の「ハナシ」を探す
コメント