「くたばってしまえ」伝説は本当か?―2人目・二葉亭四迷―
次の日もシャーリィはチュン太先生を訪ねます。
センセー、おはよーございます!
ああ、おはよう。今日も本の事を聞きに来たんですか。
そうです!
次は誰について話そうか……?
……二葉亭四迷ってあります。
二葉亭四迷か。坪内逍遥あっての二葉亭四迷、二葉亭四迷あっての坪内逍遥だから語ってしまおう。
えーと、この人は親に「くたばってしまえ」って罵倒されて、二葉亭四迷って名付けたそうですね!!
ああ、それはデマだよ。嘘です。
デマ?!
これはどうしたものか不思議なんだけど、なぜかそう語られるんだよね。二葉亭四迷自身が「二葉亭四迷」を名乗った理由を残したにもかかわらず、親から「くたばってしまえ」の罵倒されて……という形で語られる。
それはどうして……?
色々あるんだろうけど、一つは当時の文学者の地位が低くて、作家たちは大体「折角育ててやったのにそんな馬鹿な職業になろうとは何事だ」とかなんとか親や親戚と対立したわけだ。そういうコンプレックス的なものが、二葉亭四迷に当てはめたのが一つ。
もう一つは話として面白いからだと思う。現に面白いでしょ。「くたばってしまえ」と怒鳴られたら、逆にそこからヒントを得て「二葉亭四迷」と名乗った……なんてのは。ギャグマンガ的なおもむきがある。
確かにそれはそうですねえ……親に怒鳴られたから「二葉亭四迷」と名乗ったと言う方が面白い気が……。
そういうのも、「罵倒から二葉亭四迷」的な風潮を広げたのではないかと思う。
それに、二葉亭も悪いのでね、晩年に自叙伝を記すまで、「どうしてそんな筆名を名乗ったんですか?」と聞かれると大体のらりくらりかわしていたんだが、数人には「実は親父が三文文士嫌いで、親父に罵倒されて名乗ったんだ」って茶化すように話していたのを真実と捉えられて、当人の知らぬ所で流布されたのも大きいような。
困ったものですね……。
困ったもんだ。二葉亭四迷の父親・長谷川吉数という人は結構可哀想な人でね、そんな息子を怒鳴り飛ばすような荒々しい人格ではなかったという。
尾州藩士の家に生れ、明快な性格と美貌で出世を望まれたが、明治維新で夢が絶たれ、官吏になるも藩士時代のような振舞も出来ず、最終的には三等属主税官の時に解雇される――という不遇な人でね。解雇後は生活難に苦しんで、家長でありながら、二葉亭に家計を助けてもらう――というような有様だった。
磯田光一なんかは「父の免職と没落が二葉亭四迷の作家としての転機」「浮雲の主人公・内海文三の解雇という背景には、この父の存在があった」的な論述をしているが――父親の存在が大きかったわけだ。二葉亭に「くたばれ」なんて言う親父なら、こんな投影はしないだろうと思う。
二葉亭四迷も苦労人なんですね……。
苦労人さ。苦労人で貧乏を知っているからこそ、そこからなかなか脱却できない己に嫌気が差して「くたばってしまえ」なんていったんじゃないかと思う。
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