都新聞芸能逸話集

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スキー大好き坂東蓑助(都新聞芸能逸話集)

「スキー大好き坂東蓑助 - 都新聞芸能逸話集及びその周辺」この坂東蓑助は、後の八代目坂東三津五郎である。晩年は歌舞伎界の物識りと知られた彼であるが、若い頃の一時期、スキーを趣味にしており、暇さえあれば群馬や長野の山奥へ行って、滑っていたというのだから意外である。
文学ウロウロ

「息子」ならぬ「親爺」をやりたい三津五郎(都新聞芸能逸話集)

「「息子」ならぬ「親爺」をやりたい三津五郎 - 都新聞芸能逸話集及びその周辺」1933年に、蓑助の老爺、しうかの金次郎、段四郎の捕手役で小山内薫の『息子』が上演された際に、蓑助の親父の三津五郎が放ったという逸話です。
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耳鼻科へ来た吉右衛門・彦三郎と大島伯鶴(都新聞芸能逸話集)

「耳鼻科へ来た吉右衛門・彦三郎と大島伯鶴 - 都新聞芸能逸話集及びその周辺」歌舞伎の中村吉右衛門、坂東彦三郎と講談の名人、大島伯鶴がのどを痛めて耳鼻科でばったり出会ったときに起こった逸話です。
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猛優たちの腹切り問答(都新聞芸能逸話集)

「猛優たちの腹切り問答 - 都新聞芸能逸話集及びその周辺」中村又五郎は、「猛優」と綽名された俳優で、少年役者として売り出し、成人後は浅草や小芝居を中心に活躍した。何でもこなす器用な役者として知られ、澤村訥子と共に浅草の顔役であった。そんな又五郎が盲腸炎になった話。
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不憫な中村富十郎兄弟(都新聞芸能逸話集)

戦前戦後関西歌舞伎の花形として活躍した四代目中村富十郎と、女流舞踊の名人と謳われた吾妻徳穂は、若い頃楽屋の出入りで仲良くなり、周りの馴染を皆振り切って駆け落ち結婚をしたという情熱的な恋の持主であった。二人の間に、渡邊一と元靖という子が生まれたが、離婚。兄弟は生き別れた。
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鏡獅子の小姓は古いか新しいか(都新聞芸能逸話集)

六代目菊五郎の鏡獅子は、九代目団十郎の娘二人(翠扇・紅梅)から厳しく仕込まれ、遂に自分の芸にした。戦前は菊五郎の事実上の独占の芸として知られ、可愛がっていた後輩の中村福助以外にはほとんど許さないなどの権威を誇った。そんな鏡獅子のお話し。
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子供もわかる忠臣蔵の兜あらため(都新聞芸能逸話集)

「子供もわかる忠臣蔵の兜あらため(都新聞芸能逸話集)」夭折した中村福助が顔世御前を勤めた際に、忠臣蔵の兜あらための場で子供の疑問が飛び交って困惑した逸話です。
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羽左衛門とカステラ(都新聞芸能逸話集)

「羽左衛門とカステラ - 都新聞芸能逸話集」絶世の美男子として謳われた十五代目市村羽左衛門が、戦前実演販売を見て、急にカステラを作りたくなったという話。なお、ここでのカステラは今日のホットケーキのようなものであるようだ。
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柳家権太楼と電話の主(都新聞芸能逸話集)

「柳家権太楼と電話の主 - 都新聞芸能逸話集」戦前爆笑落語で人気のあった柳家権太楼が、女のような声を持つ知り合いから電話がかかって来たばかりにひどい目に遭った逸話です。
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紀伊国屋づくし(都新聞芸能逸話集)

「紀伊国屋づくし(歌舞伎・澤村宗十郎) - 都新聞芸能逸話集」1930年11月の東京新歌舞伎座は、宗十郎のお家芸「紀國文左大尽舞」、「筋交ひ道中」、「時雨の炬燵」、大喜利に「かっぽれ」という構成であった。そこで宗十郎がいった洒落。